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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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孤独と。

それから日が落ちてしばらくしても、俺は窓の外を眺めていた。

あちこちに小さな灯りが見える。

更地から始めたマルガンダにも、人の営みが感じられるようになってきたのだ。


俺達がやってきた事は、無駄ではない。


確認するように、心の中で呟き、俺は立ち上がった。

眩暈はない。


執事を呼んで、夕飯の準備を命じた。

サラの事だ。ほとんど出来上がっているだろう。

エルロンドとシエーナを呼びに行かせたようなものだ。

待つという程の事もなく、支度が整った旨を執事が告げに来る。

俺はすぐに部屋を出た。

なんとなく、独りになりたくなかった。


夕飯は、白身魚のムニエル、根菜とハーブと羊肉のパイ包み焼き、ジャガイモのポタージュ、野草のサラダだった。

庶民的と言うには豪華過ぎ、貴族の食事にしては質素である。

エルロンドよりもシエーナの方が嬉々としていたのは、きっと気のせいだ。

彼女の故郷では、牛や豚よりも羊の方がよく食べられている。

王国、と言うよりこの大陸は、北に行けばその傾向が強くなるようだ。

遊牧さえできない、更に北の極寒の地では何を食ってるのかどころか、ほとんどの情報が入って来なくなるのだが。


エルロンドも美味そうに食っていた。

俺を含めて、三人とも濃厚な味付けがそれほど好きではない。

サラの料理は、貴族に気を遣った庶民料理と言った感じで、手間はかかっているが素材の味が良く活かしてある。

以前は、ムニエルやポワレにさえ、コテコテのデミグラスソースみたいなのがかかっていたもんだ。


「父上、明日はお仕事はお休みですよね?」


デザートのマカロンを片付けると、エルロンドが期待の篭った視線を向けてきた。

誰かに、聞いたのだろう。

確かに、家臣達には年明けは休むよう言ってある。


「一日、と言う訳にはいかないが、昼からは休むつもりでいる。」


俺の言葉にシエーナも反応を示した。

こいつら、実は仲良しなのか。

いや、なんとなくだけど。


「マルガンダの人達は、お祭りをするそうですよ。」


四歳児に遠回しな誘い方をされるとは。

しかも、その四歳児は自分の息子である。

少し、胸が痛んだ。


「一緒に見に行こうか。確か、祭りは夜通し続く筈だ。」


「良いのですか?」


民の祭りに、貴族は基本的には関わらない。

理由は単純。身分が違うからだ。

民草と共に何かを祝う事など、貴族の誇りが許さない。

と言う事に、世間一般ではなっているが、そんな事はどうでも良い。

流石に、侯爵とその嫡男が参加していると知れたら何が起こるかわからないので、お忍びと言う事にはなる。


「たまには、良いだろう。パウロに準備するように言っておくよ。」


言うと、エルロンドは嬉しそうに笑って、そわそわし始める。

こういう所は、年相応だった。


「わ、わたしも行きたいのですが。」


「シエーナはダメ。」


俺じゃないぞ。言ったのは、エルロンドだ。


「この間の視察は、父上とシエーナだけだったでしょ。次は、僕の番。」


「そんな。」


「この次は二人だから、ね。」


エルロンドよ。

シエーナにはタメ口なんだな。

父さんちょっと寂しい。

まぁ、最近シエーナもエルロンドと一緒に座学教えてもらってるそうだからなぁ。


あと、二人とも付いて来て良い視察なんてほとんどないぞ。

いや、なくはないが、俺が疲れるからやめてくれ。


「だそうだ。シエーナ。」


俺には、我儘らしい我儘をほとんど言わないエルロンドだが、シエーナには言えるらしい。

親子と言うよりは年の離れた友人といった感があるが、俺よりもずっと距離が近いように思えるのは、何故だろう。


シエーナが、少し羨ましい。

どこかで、そう思い続けていたような気もする。

今それを、はっきりと自覚させられた。


「仕方ありません。今回は、エルに譲ります。」


愛称で呼んでるのか。


「シエーナは、大人ですから。」


エルロンドよ。それ意味わかってんのか。


「ほう。」


エルロンドが、ニヤリと笑う。


「シエーナはいつも言うんですよ。私は大人だからって。」


なんだろう。


「そんなに、いつもいつもじゃないでしょ?」


なんで


「いつもだよ。こないだだって、大人だからってクッキーを二つも多く食べたじゃないか。」


「い、良いじゃない。女の子に譲ってあげるのは大事な事って先生も言ってたでしょ。」


「大人のする事じゃないって先生に怒られてたよね?」


「それはクッキーとは別の事!」


「大人なのに宿題忘れた時?」


「あんた、わざとでしょ。」


どうして俺は今、こんなに寂しいんだろう。


二人の会話の内容が、何一つわからない。

二人は言い争いを始めたが、家臣達のようなギスギスとしたもんじゃない。

真剣に言い合っているように見えるのに、何故こんなにも楽しそうなのか。


不意に、泣きそうになった。


涙ぐんだ自分に驚き、俺は俯いて目をこすった。


「旦那様?」


深呼吸して、顔を上げる。


「目が真っ赤ですよ?父上。」


「少し、疲れてるようだ。先に、部屋に戻るよ。」


心配そうにしている二人から、逃げるように背を向け、俺は私室に戻った。

窓際に四人掛けのテーブル。

隅に四人は寝れるダブルベッド。

中央に二人掛けのソファーと背の低いテーブル。

ソファーの真後ろの壁際に大きな本棚と資料棚。

その隣には、大量の衣服が入ったクローゼット。

三十畳はあろうかと言う広過ぎる部屋に、それだけのモノしかない。

普段は、これでも贅沢過ぎると感じていたが、今日は殺風景に見えた。


ベッドに、着替えもせずうつ伏せに倒れ込む。


大人だから。


エルロンドの声が、頭を巡る。

情けない大人がいたもんだ。

これなら、シエーナの方がよほどマシだ。


しばらく、そのままジッとしていた。

目を閉じていたが、眠気は襲ってこない。

むしろ、目は冴えていた。


不意に、ノックの音が聞こえた。


返事をする気力もない。


ドアが、開けられる。


「旦那様?」


シエーナだった。


「眠ってらっしゃいますか?」


言いながらも、部屋に入ってくる気配があった。

グラスの音がする。

ワインでも持って来たのか。


「旦那様?」


俺は、返事どころか、身動き一つしない。

誰かと話しがしたい。

誰とも話したくない。


両方が、俺の中に共存していた。


グラスと、瓶はソファーのテーブルに置いたようだ。

シエーナは、俺のすぐ隣りに腰を降ろした。


「起きてる?」


俺は、応えない。


「アル。」


声が少しだけ、震えている。

シエーナが緊張した時の癖のようなものだ。


「アル?」


動かないのではなく、動けなくなった。


「寝てる、よね?」


自分の心臓の音が聞こえる。


「ずっと、そう呼びたかったの。ごめんね。」


シエーナの唇が、俺の耳に触れた。

少し、酒臭い。


「アル。愛してる。」


離れていく。

意識する事なく、気がついた時には、身体をシエーナに向けて、俺は彼女の手を握っていた。

シエーナは、驚いた顔をしていた。


彼女の手を、引き寄せる。


今度は、俺の唇が、シエーナの唇に触れた。

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