表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
79/164

つまらない誇り。

陣に着くと、シエーナは光の速さで俺達の天幕に駆け込んだ。

道中、護衛達に気付かれないかと、気にしていたようだ。チラチラと護衛達に視線を送っていた。


俺はローフェン達が戻って来るまで、特にする事がない。

陣の中を見回っても良いのだが、居残りの騎士や傭兵達に余計な緊張を与えてしまうだけだろう。

シエーナに続いて、天幕に入った。


「あ。」


そこにはシエーナの尻があった。

一応、月に一回ほどはする事はしているので、どうという事はないのだが、思わず声が出た。


シエーナが振り返り、時が止まる。

見る見る顔が赤くなっていく。


「すまん。」


何故か、謝る俺。

あぁ、日本人としてが癖は抜けきってないんだな、と、まったく関係ない事が頭に浮かんだ。


「旦那様ですから、大丈夫です。」


シエーナの時が動き始めた。

そのままパンティを上げた。


大丈夫なのか。

俺は、大丈夫じゃない気がするんだがな。


「そうか。」


それだけ言って、卓に向かう。

寝台が二つ、小さな卓が一つと椅子が二つ、下着などを入れるタンスが一つと書類棚。それが、この天幕にある備品である。

実に質素で居心地が良い。

棚から騎士と兵士の名簿を引っ張り出し、目を通す。

名前、年齢、出自、調練の成績、実戦の功績など、細々と一人一人のデータが載っている。

所々線が引いてあるのは、戦死した騎士と兵士達だ。

俺は、渓谷ルートを確立させる当初から、この名簿に目を通す作業を続けている。

一人一人の名すら覚えられないが、死んだ者がいる、と言う事を忘れない為にやっている事だ。

当然、愉快な日課ではない。

だが、必要な事だと、俺は思っている。


「旦那様。」


しばらくしてから、シエーナが声をかけて来た。

目を向けると、寝台にちょこんと座っている。


「今日の事は、誰にも言わないで下さいね?」


シエーナの言葉に、無性に腹が立った。思わず大声を出しそうになる。

こいつは、何をしに此処に居るのだ。

此処には、遊びに来ている訳ではない。

シエーナがした事と言えば、ただついてきて、飯を食い、小便を漏らしただけ、としか思えない。

なんとも、情けない。


死んだ母は、親父が懇意にしていた貴族や商人のもとに、エンリッヒ家当主正妻として様々な交渉の前段階として、接待のパーティや視察などをして周っていたと聞いている。

自害したのも、エンリッヒ家の領地の外だった。


やかましい、と言う言葉が思わず出かかった。


「わかってる。」


なんとか、それだけで済ますと、俺は名簿に目を戻した。

それ以上なにか言えば、止まらなくなる。

名簿に意識を集中させるのに、少しだけ時間がかかった。


しばらくの間、名簿に目を通し、暗くなってきた辺りで、俺は天幕を出て本営に向かった。

シエーナは、寝台で眠っている。

放っておいた。


天幕では、既に皆が集まっていた。

昼間の面子に、傭兵を束ねている将校と、傭兵団長が二人。

皆で卓を囲む。


「遅くなったか。すまないな。」


「いえ、集まったとこですから。」


ローフェンが静かに言って、軍議が始まった。

進行役は、ローフェンの隊にいる若い将校だ。

名前は確か、ルクセルム・ヴォーグリン。二百しかいないローフェンの騎馬隊の指揮を任されていた筈。


軍議は、犠牲の報告から現状の整理から始まった。

現在、犠牲は五百ちょっと。四千七百名いたエンリッヒ家の兵力は、四千と百名ほどに減っていた。

殆どがローフェンの隊から出ている犠牲だ。

狩った魔物の数は二千を越えている。

湧き出てきる魔物は日に日に増えているようで、実際に地表にいる魔物はそれほど減っていない。

だが、今日の戦いで魔法を使う個体の多くを狩る事が出来たので、これからは犠牲は少なく、狩る魔物は多くなると言う。


戦利品は、魔力の結晶である魔石が一山。倉庫の一つは既に魔石で埋まっている。

他に、ミスリル合金の騎士用装備が四セット、剣四十、槍十、鎧五、盾十。

朽ちかかっていたり、傷みが酷くて使い物にならない武具は、素材としてドワーフに回したようだ。


兵糧や武具の補充は充分で、伸ばして使えば一月は補充なしでも戦える。


「今日の戦いは、意義があるものでした。騎馬と歩兵が上手く噛み合えば、損害が少なく大きな戦果を上げられる事が証明されました。今後は冒険者ギルドの完成と、冒険者達の到着まで、大きな群れを減らして行けば、神殿の入り口に到達するのも不可能ではありません。」


ルクセルムが、そう言って締め括ると、ラドマンが露骨に嫌な表情をした。


「おい、ルクセルム。」


「なんでしょう。ラドマン殿。」


「俺が好き勝手にやったから、そっちの犠牲が増えたと言いたいのか。」


「言いたいのではなく、そう申し上げております。」


場の空気が凍った。

一介の将校が、一隊の指揮官に喧嘩を売ったのだ。

傭兵団の面子など、顔が青褪めている。


「元々、そちらが好きに動けと言ったんだろうが。」


「歩兵に合わせた動きなどできない、とラドマン殿はおっしゃられた筈ですが?それも、農民ごときの集まりと、うちの隊を貶された上で、です。」


憤怒の表情を見せるラドマンに対し、眉一つ動かさず、平然と言ってのけるルクセルム。


「そのような方と共に戦線を張れる訳がありますまい。まして、指揮権はどちらにもなかったのですから。こちらとしては、お好きにどうぞ、としか言いようがありませんでした。」


「ルクセルム。もう良い。」


流石に、ローフェンが止めに入った。

ルクセルムは軽く頭を下げ、半歩卓から離れる。

ラドマンは、顔を真っ赤して震えていた。

今にも剣を抜きそうな気配がある。


「アルマンド様、お見苦しい所を見せてしまいました。申し訳ない。」


「かまわん。言いたい事は、言っといた方が良い。」


言うと、ローフェンは苦笑いを浮かべた。

こいつも、食えない男である。

ルクセルムを使って、自分が言いたい事を言わせたのだ。

俺がいる場で、こんな事を言わせる意味を、こいつはよく理解している。

ラドマンは、それに気づいていない。


「ラドマン、落ち着け。」


「しかし」


「二度、言わせるな。場を弁えろと言ったんだ。お前の我儘が出した損害は大きい。」


言うと、ラドマンは青褪めた。


「この小僧の言葉を信じるのですか。」


「書類の上でも、それに近い報告が上がっているからな。ローフェンは犠牲を出しながらもかなりの魔物を狩っていたようだがな。お前の隊は犠牲は少ないが狩ったのは百そこそこか。今日は倍以上の数を狩ったんじゃないか?」


「それは、獲物が少ない場所を割り当てられたからで」


「お前が望んだ事だろうが。一匹一匹はそれなりに強力な個体だったようだな。それは認めてやる。だが、それだけだ。」


今度は、またラドマンの顔が赤くなる。

我慢、と言うモノを余りしてこなかったのだろう。

普段は無邪気で闊達な男なのだが。


「俺がマンシュタインに伝えたのは、出来得るならば魔物を神殿に押し込め、と言う事だ。無理ならば、冒険者達が活動できるところまで、魔物を減らす事。そう聞いてなかったか?」


赤い顔のまま、ラドマンはこちらを睨み続けている。


「お前の行動は、命令違反にちか」


「奴隷風情が。」


ラドマンが、呟くように言って、俺の言葉を遮った。

ルクセルムが剣を抜く。

他の将校達は、ただ驚いた表情をしていた。


「衛兵。」


ローフェンの低く大音量の声が響き渡る。

思わず、怯むような声だった。

五名程の騎士が、本営に駆け込んでくる。


「ラドマンの武装を解き、縄を打て。」


騎士がラドマンの武器を取り上げていく。

ラドマンは、呆然としていた。

剣を抜いたルクセルムは、ローフェンの傍に控えている。


「連れて行け。処分は後に決定する。」


縄を打たれたラドマンは、そのまま本営から連れ出された。

特に抵抗などはしていない。

ただただ呆然と立っていた。


「申し訳ありません。アルマンド様。」


ローフェンが、頭を下げる。

別に、どうと言う事はない。

頭に血を登らせた若者が、良くない事を言った程度だ。

その事自体は、気にはしていない。


「良い。いらん事を言ったのは、俺だ。」


つい、詰問するような事をしてしまった。

別に悪いとは思ってないが、もっとやり方や言い方を考えるべきだった。


なんとなく、気まずい雰囲気が流れ、とりあえず解散する事になった。

そろそろ晩飯時である。


シエーナは、まだ寝てるんだろうな。


なんとなく、そんな事を考えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ