ローフェンとラドマン。
それから更にしばらくして、ローフェン達の話し合いは終わったようだ。
将校達が、部下達の所へ駆けていく。
「お待たせしました。」
近づくと、ローフェンとラドマンが軽く頭を下げた。
それほど待った訳でもないし、待とうと思ったのは俺の方なのだが、まぁ良い。
「なんの話しをしてたんだ?」
「犠牲の報告と、午後からの動きが主ですね。細かい話しも、帰ってからしますが。」
答えたのはラドマンだ。
ちょっと機嫌が悪そうと言うか、腹を立てているようだ。
「俺の隊から四十三、ラドマンのとこからは十一名死者が出てます。他に重傷者が二十ほど。」
さっきの戦いで、そんなに死んだのか。
ラドマンは横を向いている。
ローフェンはやや俯いていた。
ラドマンに比べて、落ち着いた雰囲気はあるが、ラドマンが持っている明るさはない。
むしろ、暗い男なのかも知れない。
まだ知り合ってそれほど時間が経っていないので、よくわからないが。
一昨日会うまで、俺は書類の上でしか彼の事を知らなかったのだ。
マンシュタインの評価では、犠牲を嫌う堅実な所があり、攻撃よりも防御に優れた指揮官である。
得物は柄も鉄で出来た重い槍。膂力に優れ、強靭な体力と驚異的な底力があるが、武芸の腕はラドマンには及ばない。
俺が知識として知っているのは、それぐらいだ。
「すまない。それが、多いのか少ないのか、俺にはわからん。」
言うと、ローフェンは苦笑した。
「そうですよね。俺は、多いと思っています。ラドマンは、戦果からすればかなり少ないと言ってますが。」
どちらでも良い、と言う問題ではないのはわかるが、俺にはなんとも言えない。
観戦はしたものの、戦い方の巧拙など、わかるもんじゃない。
調練なんかで、模擬戦を観戦した事はあるが、人対人とは動きがまるで違うのだ。
「で、午後はどうするんだ?」
「戦利品を回収して、陣まで戻ろうかと。うちの隊の奴らは、そろそろ限界です。明日一日、みんなを休ませる事にしました。」
なるほど。それでラドマンは不満なのか。
ラドマンの隊は、しっかりした調練を積みながら、領内の魔物を狩りまくっている。
体力はしっかり作られているし、実戦経験も豊富だ。
逆にローフェンの隊は、新兵ばかりで調練も行き届いていない。
身体を鍛える為に開墾に従事させられたりもしていたのだ。
そこに合わせなければならない事が、ラドマンを苛立たせているのだろう。
こう言ってはなんだが、ガキだ。
なんでも思う通りにはならないのだ。
人の命がかかっている判断である。そんな幼稚な感情に左右されて良いもんじゃない。
指揮や個人の武勇とは別に、ラドマンが学ばねばならない事がまだまだ多い。
人格が完成する前に、独立した隊を指揮する事になったのも良くなかったのかも知れない。
ゲーリングが死んだ時、指揮官がいなくなった隊を、そこそこ指揮ができるマンシュタインの息子、と言う理由だけで任されたのだ。
ラドマンをどうするかは、一度マルガンダで話し合った方が良いかも知れない。
「そうか。それなら、俺達は一足先に戻るよ。シエーナが、休みたがってるしな。」
「飯は、どうされますか?」
「食ってから出発する。こういう所に来たからには、侯爵が誰よりも後に、一番粗末な食事を摂る。それも、見せた方が良いだろ。」
言うと、ローフェンはまた苦笑した。
「まったく。アルマンド様は良い軍人になれますよ。軍事派の貴族でも、そこまでやる御方はそういないのに。」
ほう。少しはいるのか。
と言うか、ローフェンはそれを知ってるんだな。
前歴はまったく知らないが、どこぞの軍事派貴族に仕えてたのかも知れない。
「それぐらいしか、できる事がないからやるだけだ。一対一ならまだしも、あんな風に戦うのは、俺には出来ない事だからな。」
「その、それぐらいってのが中々出来ないんですよ。」
「そんなもんか。」
ふと、後ろに目をやると、シエーナがジッとこちらを睨んでいた。
股間の冷たさが我慢できなくなったか。
そろそろ寒い季節だしな。
いや、誰かに気づかれないか、冷や冷やしてるのかも知れない。
「あぁ、シエーナ様がお待ちですね。食事は、他の者と同じモノを運ばせます。俺達は夕方までは、此処にいますので。」
言って、ローフェンはラドマンを連れて兵の輪の中に入っていった。
俺も、シエーナの所に戻る。
「戻るのは、いつになりそうですか?」
焦った声を出すシエーナ。
思わずニヤニヤしそうになった。
「飯を食ってから、だな。食ったらすぐに出発しよう。」
なんとも言えない表情をするシエーナ。
仕方ないだろ。
漏らしたお前が悪いんだから。