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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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綻び。

俺とシエーナは、案内人とパウロ達を連れて、一日かけて陣中を見て周った。

思ったよりも、しっかりと生活環境が整っていて、傭兵たちを見る限り、特に荒んだ様子はない。


中央に本営使っているらしい大きな幕舎があり、その傍に俺とシエーナの幕舎があった。

本営の裏手に武器倉と兵糧倉が五つ、周りには柵があり、見張りもいた。


ドワーフの鍛治場は三つあった。

使い物にならなくなった武器を溶かして作り直したり、修理などはもちろんだが、今後街を作って行く為に必要な道具も、急ピッチで製造されている。


井戸は方々に掘られている。

木や布で出来たものばかりが建ち並んでいるが、備え付けの水も用意されているので、火災で大きな被害が出る事はなさそうだ。


豚や羊を収容する小屋もあった。

それほど数もなく、規模も小さい。

従って、数もそれほどいないが、輸送隊が時折補充しているようだ。


食事は、他の者達と同じモノを食わせてもらった。

煮込んだ雑穀と、塩漬けにした肉片が一つ。

椀一杯で終わる、粗末な食事だった。

パウロ達はもちろんだが、シエーナまで平気な顔で平らげていたのには、少し驚いた。

本人曰く、これぐらい下層の庶民達には普通の食事で、もっと粗末なモノを食っている者たちもいるらしい。


糞尿は穴を掘り、溜まれば埋めているようだ。

奴隷時代が懐かしくなり、ちょっと吐きそうになった。


傭兵達は、寝ている者が多い。

夜の見張りは傭兵たちの仕事で、昼夜逆転の生活をしている者が殆どのようだ。

起きている者達は、見張りの当番だそうだ。

幾つかの傭兵団が集まっているようだが、諍いはほとんど起きていない。

指揮系統云々よりも、そんな事をしてもいざという時の連携が出来なくなるだけで、誰も得をしないと言う事を、皆わかっているのだろう。


そんなこんなを見て回り、夕日が差す頃、ラドマンの軽装騎士隊が戻って来た。

疲れた表情を出している者はいないが、全体的に雰囲気が暗い。

それに、皆どす黒い血や泥に塗れている。


「下馬。怪我人は手当てを受けろ。他の者は、馬を洗ってやれ。」


ラドマンの、低くよく通る声が聞こえる。

普段はそんな印象はないのだが、部下に指示を出す時の声だけは、不思議とそんな声になる。


本営の前で、俺とシエーナは、ラドマン達の様子を眺めていた。

シエーナは、俺の腕を抱くような格好になっている。

彼女は、微かに震えていた。


「怖いか。シエーナ。」


シエーナは、微かに頷いた。

眼に、うっすらと涙が浮かんでいる。


魔物の大群と戦う事がどういう事なのか、俺はそれを見る為に此処に来た。

他にも様々な目的はあるが、最低限、それはしっかりと見て帰らねばならない。

目を逸らして良いモノではないのだ。


それに、付いて来たいと言ったのは、彼女だ。


「中に入ろうか。じきに、ローフェンも帰って来るだろう。」


「此処で、待ちます。」


シエーナは、ラドマン達をじっと見つめていた。

地味だが、美人ではある。端正な顔立ちと、鼻筋が綺麗に通っていて、遠くを見つめている姿が、よく似合う。

そんな事を考えた自分に少し戸惑い、俺もラドマン達に視線を戻す。

シエーナの震えは、もう止まっていた。


ローフェンの隊が戻ってきた。

彼も騎兵には馬の世話を命じ、歩兵には死者の埋葬と怪我人の手当てを命じた。

ラドマンの隊より汚れていて、相当な激戦の中にいたのは容易に想像がつく。

俺とシエーナは、二人が馬の世話を終えるのを待って、パウロを加えた五人で本営に入った。

大きな円卓と、周辺の地図しかない、簡素な本営だ。


「奥方を伴われるとは。知らせを聞いた時は驚きました。」


ローフェンの言葉に、俺は苦笑するしかなかった。

シエーナがここに来る意味は、殆どない。

彼女の我儘でしかないのだ。


「それより、現状の報告を聞きたい。始めてくれ。」


五人で円卓を囲んだ。

椅子さえも、ここにはない。


「魔物の数などは、マルガンダに送った通りです。今日で歩兵の死者が三百五十、騎兵で百。殆ど、俺の隊から犠牲は出ています。」


「何故だ。ローフェン。お前の隊は調練が完全に終わってないとは聞いていたが。」


「それもあります。一応、集団で動く事はそこそこにできますし、俺の指示はよく聞いてくれます。後は、動きを身体に繰り返し叩き込んで、考えなくても動けるようになれば、今より多少はマシにはなるかと。」


「ふむ。」


「一番の原因は指揮権ですね。一緒に前線に出ると、俺とラドマンは少々揉めるんですよ。今は、魔物の群れには俺が当たり、ラドマンは周辺に散った魔物を狩るようにしてます。」


「何を言っている。二人で協力すりゃ良いだろ。」


「俺もローフェンも、自分の指揮に自信を持っています。譲れない部分はあるんですよ。」


ラドマンが言い、ローフェンは苦笑いを浮かべた。

特に仲が悪いと言う訳ではなさそうだ。

それでも、そんな事が起こるのか。


「アルマンド様が、どちらか決めて下さい。それがあれば、従えます。」


「報告に、なぜあげなかった。」


「報告をあげるのは、ラドマンと言う事になっていました。マンシュタイン殿の息子がそれを言えば、自分に指揮権をくれと言うようなものです。」


「それを決めたのは?」


「キートス殿です。と言うより、今回の事は全てキートス殿が管轄しておられるようです。城郭の建設と並行して行うので、わからない事もないのですが。」


ローフェンに続いて、ラドマンが何か言いかけたが、ローフェンが手で制した。

苦り切ったラドマンの表情を見る限り、キートスには思う所があるのだろう。


「指揮は、ローフェンが執れ。ラドマン、それで良いな?」


言うと、ラドマンは頷いた。

なんとなくだが、ローフェンは腰を据えているような所がある。

武人として、マンシュタインの影響を受けたのだろう。

ラドマンは、前から暴れればそれで良いと言う所があった。

それはそれで悪くはないが、指揮官向きではない。


「よし。他に報告は?」


「迷宮から湧く魔物ですね。あれは、無理に押し込むのは難しい。騎士団の全軍を二月、ここに留められるなら不可能だとは言いませんが。」


「それほど、手強いか。」


「多分、真祖がいますね。迷宮からは出てこないでしょうが。」


真祖。

意志を持った魔力の淀みが、アンデットに宿り他の魔物とは比べ物にならない程、強力になった個体である。

詳しい生態などはよくわかっていない。

大抵は地下迷宮に住み着き、所謂ボス的な存在として君臨するのだが、ただ強いだけではない。

真祖となった個体は、高い知性を宿し魔物を集団戦に耐え得る程にまで統率する。

これがとんでもなく厄介で、単なる群れとは桁違いの戦闘力を発揮し、かつて小国を滅ぼした例もあるほどだ。


「現状の兵力で、どこまでならやれる?」


「やれ、と言われれば、命を賭けてやりますよ。俺は軍人ですから。」


言って、ローフェンは笑った。

ラドマンは、もう話すのは任せた、と言う感じだ。


「そうか。とりあえず、明日は休んで、明後日、お前達について行きたいと思ってる。そこで、どこまでやれそうか判断したい。」


「出来れば、遠慮して頂きたいのですが。」


「パウロ達がいる。それに、俺だって剣が使えない訳じゃない。」


「それでも、俺達はアルマンド様を守る動きをしなきゃいけなくなります。」


「俺は、いないものと思え。」


「しかし」


「おい、ローフェン。」


突然、パウロがローフェンの言葉を遮った。

パウロは、その端正な顔に、薄い笑みを浮かべている。


「俺がいるんだ。それでもアルマンド様が死んだら、それはそれで仕方ない。万が一の時には、エルロンド様を皆で盛り立てるよう、フィリップ殿に言い置いても来られた。お前は、黙って戦ってるとこを見せりゃ良いんだ。」


「しかしな、パウロ。」


「黙れ。万が一の時は俺と、俺の部下、とりあえず全員が死ぬまではアルマンド様は守り抜く。どうしてもと言うなら、その先はお前がなんとかしろ。」


ローフェンが俯く。

微かだが、笑っているようだ。


「わかった。俺達の戦いを見てもらおう。ただ、アルマンド様を気にしている余裕はこちらにはない。だが、万が一など、あってはならん。頼むぞ。パウロ。」


「おう。それで良い。」


すぐに顔を上げたローフェンとパウロがニヤリと笑いあった。


なんとなくだが、こいつらに任せてだいじょぶなのか不安になる。

いや、信用はしてるが、理解できない会話だった。


「私も、行きたいのですが。」


シエーナがおずおずと口を開いた。


もう俺は驚かない。

絶対言うと思った。

他の三人は目を見開いているが。


「シエーナ様、それは。」


「言っても無駄だ、ローフェン。これでも、シエーナはそこそこ馬を乗りこなす。戦えはしないが、逃げるぐらいならなんとかなるだろう。」


俺が言うと、他の三人はもちろん、シエーナも驚いていた。

シエーナは出発の時から言い出した事は、それを頑なに押し通して来た。

何を言っても聞かないだろうと、思っただけだ。


決まる事が決まった後は、夕食になった。

ラドマンの部下が、鹿と猪を狩って来たらしい。

他にも何頭か羊と豚を潰したようだ。

俺達が視察に来たと言うだけで、そういった事をさせてしまった事に、俺は少しだけ申し訳ないような気持ちになった。

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