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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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到着。


食事を終え天幕に戻ると、シエーナは寝台の上で横になり、背を向けていた。

別の焚き火にいたのを見かけたので、食事はきちんと摂ったようだ。


俺は地面に寝転がり、剣を抱くようにして、目を閉じた。


愛している。


もう、どうしようもない。


シエーナの言葉が、頭を巡る。

俺からしても、どうしようもない。

愛すると言えるほど、シエーナの事は知らないし、向こうも俺の事をそれほど知らない筈だ。

それぐらい、俺はシエーナと距離を置いてきた。


考えるのはよそう。

熱は、いずれ冷める。

思考を断ち、俺は眠る事に意識を傾けた。


翌朝、朝食の硬いパンと豆のスープを口に押し込み、後片付けをすると、すぐに出発した。

隣に馬を並べるシエーナの目元には、隈が張り付いている。

あまり、眠れなかったのだろう。口数も少ない。

こちらから、あえて話しかけたりはしない。

気まずい、と言うのもあるが、すぐ隣でぐっすり眠っていた気後れの方が大きかった。


「アルマンド様、魔物です。」


パウロが馬を寄せて来た。流石に、疲れを顔に出すような事はしない。


「打ち払えるか?」


「待ち構えると、犠牲が出ます。何人か連れて俺が行きたいんですが。」


発見されたのは、ロックボア。

巨大な猪のような魔物で、濃い灰色の毛皮に象のような大きな牙、瞳は緑で魔力を帯びており、目を合わせると身体が一瞬硬直する事がある。

並の傭兵程度では、五人でかかっても返り討ちに遭うそこそこの魔物だ。

毛皮が非常に硬く、巨体に勢いをつけた突進は、大木をへし折るぐらいの威力がある。

雑食性だが、平原では穴を掘ってミミズや昆虫を、森ではキノコや樹木の新芽を好んで食べる。


割と大人しい部類の魔物だが、他の魔物の例に漏れず、人を発見すると襲ってくる。


嗅覚が尋常ではなく、俺達も捕捉されているだろう。


「行って来い。出来れば、解体して牙と目玉は持って帰ってきてくれよ。」


ロックボアの牙は、細工物の素材になる。

ロックボアの牙製チェスセットや首飾りは、上流階級でも人気がある。

目玉は魔法薬の材料だ。

鎮痛や増血効果がある薬ができ、こちらは騎士団にとって、あればあるだけ良い薬だ。


毛皮はそれほど値がつかない。

コツさえ掴めば割りと狩りやすい魔物であるし、その巨体のおかげで毛皮はかなりの量が採れる。

革鎧にしたり、盾の裏地に使ったりと防具的な意味で用途は多いが、他の材料に比べて突出しているほどでもない。


肉は独特の臭いがあって好みが分かれる。

冬が近いこの時期だと、脂が乗っていて食べ頃なのだが、別に食物に困っている訳でもない。


パウロが十騎ほど連れて駆け出していく。

ロックボアを狩るコツは、正面から眉間を射抜く事だ。

それなりの弓の腕さえあれば、後は度胸の問題である。

他に、腹部は比較的毛皮が柔らかく、槍はもちろん、剣でも突き刺す事ができる。

まぁ、パウロなら問題あるまい。


シエーナが不安そうにしていたが、放っておいた。

俺達は、まだ魔物を見てすらいない。

気にした所で、馬を進める事以外に、する事はないのだ。


四十分ほどで、パウロ達は戻ってきた。

牙が二つ、目玉は一つ。

矢を外して、目玉を潰してしまったらしい。

獲物は、輸送隊の荷物に放り込んだ。

十騎のうち、三名ほどが軽い傷を負っていたが、どうと言う事もなさそうだ。


「だ、旦那様。」


恐る恐る、と言った感じにシエーナが話しかけてきた。

怪我人を見て、動揺したようだ。

だが、報告を聞く限り、ローフェンとラドマンはもっと凄惨な戦いを繰り広げている。


「なんだ。」


「怪我をしている方が。」


「あんなもの、怪我には入らん。牙が掠めた程度だ。」


「でも。」


「あいつらは、君よりもそういった経験が豊富だ。何もせずにいるなら、それで大丈夫なんだろ。」


「でも、血が。」


「シエーナ。俺達の行く先がどんな所か、わかってるだろ。この程度で取り乱すな。」


シエーナは、まだ何か言いたげだが、俺はそれ以上相手にしなかった。

シエーナを連れて来た事を、俺は後悔し始めていた。

彼女は、何も知らない。

そして、安全な場所で生活する事に慣れきっていた。

屍の山を築いて道を拓いた俺達とは、何かが違う。

仕方のない事だが、苛立ちを俺は感じていた。


その日は、ロックボアが現れた以外は特に何事も起こらず、予定していた野営地に辿り着いた。

俺が発掘調査を行う際、大規模な魔物狩りがあった上、何度も輸送隊が通る度に魔物を狩っているので、かなり数を減らしているようだ。

ローフェンとラドマンの所まで、犠牲を出す事はなさそうだ。


その後も何度か魔物と出会ったものの、手こずる事はなく、旅は進んだ。

後半日もすれば、到着するところまで来た時、ラドマンが五十騎ほど率いてやって来て、俺達を先導した。


「随分と、久しぶりな気がするな。ラドマン。」


言うと、ラドマンはあの凄味のある笑みをこちらに向けた。

横で、シエーナが小さな悲鳴をあげる。


「申し訳ありません。シエーナ様。」


ラドマンは苦笑して、顔を逸らした。

謝るべきは、シエーナだ。

俺も、この笑みに慣れるのに時間はかかったが、声を漏らすような事はしなかった。

主君たる者、家臣を恐れてはいけない。少なくとも、それを露骨に出すような事は、してはいけないのだ。


「すまない、ラドマン。」


俺が言うと、ラドマンは慣れてますから、と笑っていた。

シエーナは、俯いたまま、黙っている。


なんか言ってやれよ。


思ったが、口には出さない。

シエーナが、ラドマンにどう思われようと、俺には関係ない。


一千の傭兵が守る陣が見えてきた。

今はまだ騎士達や傭兵の駐屯地にしか見えないが、いずれは町にする予定である。

土塁に囲まれ、幕舎が整然と並んでいて、櫓も組まれていた。

土塁の隙間には木でできた門があり、十名程の見張りが立っていた。

彼等は俺達を認めて、門を開けた。


「アルマンド様とシエーナ様の幕舎は用意してあります。少し、休まれますか?」.


「シエーナは、休みたいだろう。案内してやってくれ。俺は、先に此処を見て周りたい。」


「私は大丈夫です。旦那様。」


ラドマンが、おや、と言う顔をしてシエーナを見た。


「好きにしろ。ラドマン、お前は隊の指揮に戻れ。」


「わかりました。案内の者を一人、つけます。俺達も、日暮れまでには戻りますから、それまでは好きにしていて下さい。」


言って、ラドマンは部下を連れて、陣を出て行った。

彼からは、切迫したものは余り感じられない。

日に十数名は死者が出ている筈だ。

数だけ見れば、渓谷に道をつける最初期の頃に比べて少ない犠牲ではある。

だが、今の騎士団の実情からすれば、かなり手痛い犠牲の筈だ。


その辺りは、帰って来てから、聞いてみるしかない。

今回の視察は、サボる為に来ている訳ではないのだ。

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