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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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道中。

1月4日二回目の投稿。

予定通り、昼過ぎには輸送隊と合流した。

駆け続けたのは三時間ほどか。

シエーナは、なんとか付いて来たが、今にも落馬しそうなほど、疲労困憊している。

馬を駆けさせ続けるのは、人も体力を使う。

だが、ここでシエーナに合わせて休む訳にはいかない。


輸送は時間厳守が基本である。

命じられたモノを、命じられた時に、確実に届けるのが仕事だ。

それを、俺達の都合で邪魔する訳には行かない。

魔物や盗賊など、町を出れば様々な危険があるこの世界では、彼らは命を賭けてこの仕事をしているのだから。


「シエーナ、今のうちに何か口に入れておけ。最低でも、水と塩は必ずな。」


馬を休ませる為、三十分ほど休憩をとる事になった。

ここからは、駆け続ける事は余り無い。

だが、この休憩が終われば、次に馬を降りるのは日が落ちてからだ。

携帯している食糧や水には、あまり手をつけない方が良いので、どんなに質素なモノであろうと、ここを逃すと日没までまともな食事にありつけない。


俺は、領内の視察と称したサボりで、こういった移動に慣れているが、シエーナは辛いだろう。

屋敷での生活では、そもそも長時間馬に乗ることなどあり得ない。


「戻るなら、今のうちだぞ。」


言うと、シエーナは首を横に振った。

返事をする元気もないようだ。


輸送隊は一足早く出発し、遅れて俺達も出発する。

が、馬を駆けさせる事はしない。早足ぐらいか。

こういった長距離の移動で、馬を駆けさせ続けると、馬は潰れてしまう。

それに、いざと言う時に余力も残しておかないといけない。

早足ぐらいなら、それほど消耗する事はないし、輸送隊よりも速い。

二十分ほどで、輸送隊に追いつき、そこからは輸送隊に合わせた。


「斥候を出せ。」


パウロが大声で下知を飛ばす。

十騎ほどが、二人一組になってバラバラに駆けてゆく。


「あれは?」


若干回復したのか、俺と馬を並べているシエーナが聞いてきた。


「魔物がいないか、偵察するんだ。こんな平原でも、地面にはちょっとした起伏がある。遠くまで何もいないように見えても、案外近くに魔物がいる事も珍しくない。」


「魔物を見つけたら、戦うのですか?」


「いや、ほとんどは接触を避ける。斥候が倒しきれない魔物なら、大抵はめんどうなのが多いからな。どうしようもない時は、戦うしかないが。」


ふむふむ、と言った感じでシエーナは俺の教えを聞いている。

何もかもが、彼女には新鮮なのだろう。

体力が戻ってきたのか、その後もあれやこれやと色々聞いてくる。


盗賊が出たらどうするのか。


輸送隊は何を運んでいるのか。


何も荷物を載せられていない馬はなんなのか。


他にも、今日の晩飯や寝床、夜の見張りなど。


これだけシエーナと話すのは初めてな気がする。

こういう移動は、他の者はともかく、俺にはする事がないので、一つ一つ丁寧に答えた。


その様子をニヤニヤしながら見ているパウロと一度目が合った。

ちょっと不愉快だったので、輸送隊の馬車の車輪が壊れた際に修理を命じ、ついでに今夜の野営地で馬糞の処理をするように命じておいた。

パウロは泣きそうになっていたので、俺は満足した。


馬糞の処理は、そこで野営した痕跡を残さない為にする作業の一つだ。

知性のある魔物や、間者なんかに対するモノで、煮炊きした痕跡も可能な限り残さない。

もちろん、限界はあるが、やらないよりは良い。


魔物の襲撃もなく、予定していた地点で野営する事になった。

俺とシエーナだけ天幕が張られ、他の者は適当に自分で寝床を作って地面で寝る。


「こんなに大変だとは、思ってませんでした。」


硬く狭い寝台に腰を降ろしたシエーナが、ボソリと呟いた。

シエーナが来る事は、今朝急遽決まったので、寝台は一つしかない。

寝台はシエーナに使わせて、俺は地面で寝るつもりだった。


「これでも楽な方だ。他のやつらは、天幕さえない。雨が降れば、濡れたまま眠る。眠りもせずに見張りに立つやつもいる。」


シエーナが、胸甲を外そうとしていた手を止めた。

俺は、革鎧を脱ぐつもりはない。

夜に活動する魔物もいるのだ。


「俺が、彼らの主人だから、と言う理由だけで、彼らはそんな待遇でも文句を言わない。自分達の隣で、天幕の中の寝台で寝てるやつがいてもな。」


言わなくても良い事かも知れない。

だから、なんだ。と言われれば、それで終わる話しでもある。


「ごめんなさい。」


「いや、謝らなくて良い。多分、貴族としては、シエーナが正しいと思う。」


シエーナは俯いて、黙っている。

俺は、地面に寝そべった。

地面と言っても、敷物がある。

それだけでも、眠りやすさはかなり変わってくるのだ。

奴隷の頃は、こんなものさえなかった。

あの頃の生活を、忘れようとは思わない。


「君は、侯爵家の第一夫人、正妻だからな。」


言うと、彼女は顔を上げた。


「私は、貴方の妻です。」


「そうだな。」


「侯爵家の正妻じゃない。アルマンド・エンリッヒの妻なの。そうでしょ?」


「あぁ、そうだ。」


「じゃぁ、そんな言い方やめて。そんな他人みたいな」


「君と俺は、他人だよ。例え妻と夫だろうと。」


だから、分かり合うのには苦労する。

特に、俺達は互いに互いを望んで結婚した訳ではない。

お互いの事を知らないまま、結婚したのだ。


シエーナは、覚悟もないまま俺の心に踏み込もうとした。


俺は、過去と未来を失う事がただ恐ろしくて、シエーナを拒絶した。


どっちもどっちだ。


「どうして、そんな事言うの?」


「君こそ、どうして俺の妻でいる事に拘るんだ。俺は、君が愛人を作ろうと、それなりに贅沢しようと、気にする事はない。俺の妻でいる必要はないだろう。」


もちろん、侯爵家の正妻であり続けるのであれば、だ。


「それは。」


シエーナは、再び俯いた。

顔が、耳まで赤くなる。

しばらく、沈黙が続いた。


「貴方を、愛してるから。自分でも、なんでって思うぐらい、もう、どうしようもないの。だから」


「アルマンド様。飯ができましたよー。」


間抜けた声と共にパウロが入ってきた。

一瞬で、彼の顔が凍結する。


「良いタイミングだな。パウロ。お前にはそこらの従者でも出来る、一声かけると言う事が、できないようじゃないか。」


上半身を起こし、笑顔で言うと、パウロの顔から血の気がひいた。


「不寝の番した後に、天幕の片付けもやらせてやろう。あぁ、飯の前に赤虎馬とシエーナの馬の身体を拭いてやってくれ。もちろん、お前一人でやれよ?これぐらいなら、お前でもできるだろ。」


「いや、あの、俺には部下の統率とか色々大変な仕事が。」


「そうか。なら、喜べ。明日の出発までお前は死んだ事にしておいてやる。良かったな。大変な仕事から解放されて。」


笑顔のまま言うと、パウロは青い顔で口をパクパクさせていた。

騎士団でもそうだが、指揮官は自分が死んだ後の指揮を誰が取るか、五番目までは決めておく事になっている。

要は、一時的な指揮の解任だ。


パウロは、その気になれば寝ずに二日は戦い続けるぐらいの鍛錬はしているし、このぐらい可愛いものだろう。


シエーナとパウロを残して、俺は天幕を出た。

焼いた肉と、香辛料の普段なら食欲をそそる匂いがする。

深呼吸をして、俺は焚き火の一つに向かった。

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