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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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視察がデート。

それから半月が経った。


ローフェンとラドマンは、なんとか迷宮の魔物を押しとどめていた。

こちらの兵力七千弱に対して、魔物は三千との報告があがってきている。

元神殿騎士と思われるスケルトンナイト、魔法を使ってくるゾンビメイジが合わせて百ほど、他は通常のスケルトンやゾンビ、グールなのだが、総じて普通の個体よりも力が強く、タフなようだ。

ローフェンの隊から三百、ラドマンの隊から五十ほど犠牲が出ている。


「これは、もたんな。フィリップ。」


ローフェンからの報せに、俺は思わず顔を顰めた。


「周辺の安全確保の為、と積極的に打って出ているようですな。ローフェンはともかく、ラドマンは血の気が抑えきれないのでしょう。」


それもあるのかも知れない。

が、現場を見ていないのでわからないのが、正直なところだ。

うちの家臣達は、騎士団に所属している者たち以外、軍事に明るい訳ではないのだ。

最も理解があるのがダルトンなのだが、十人隊長程度だったのが騎士団の設立前に文官になったので、それほど戦略や戦術に詳しいわけではない。

何より戦う事よりも、そういった方面の方が向いているとの判断で、異動になったのだ。


文官の目から見た騎士団の内情は、当てにしない方が良い。

文治にかなり傾いている当家だが、いざと言う時に騎士団が弱体化していては、目も当てられない。

文官は、本能的に軍が力を持つ事を嫌う。

前世の歴史、とりわけ中国の古代中世史では、そうやって外敵を防げず、もしくは反乱を抑えきれずに王朝は滅んでいった。

もちろん、原因はそれだけではないが、それが大きな原因の一つになったのは間違いない。

その芽を摘む為にも、自分の目で確かめるべきだ。


「一度視察に行く。日程の調整を頼む。」


「おやめください。危険過ぎます。」


フィリップがノータイムで反対する。

まぁ、気持ちはわからんでもない。


「かまうものか。パウロ達がいれば、なんとかなるだろ。まして、騎士団もいる。」


「しかし、御身に万が一の事があれば」


「その時は、エルロンドを支えてやってくれ。何年後かならまだしも、今俺が死んだところで、混乱する余裕もあるまい。」


言って笑うと、フィリップは俯いた。


「パウロを呼べ。すぐに準備にかかる。」


それから、三日間、俺は片付けねばならない書類と格闘し、なんとか十日は向こうに滞在する余裕を作った。

補給物資を積んだ輸送隊と同道する事にし、およそ一月ほど視察に費やす予定である。


出発の朝、自室で目覚めてすぐに持ち物のチェックをする。

騎乗するので、板金鎧ではなく、革鎧を身につけた。単純に、軽い方が馬は速く駆けるからだ。

腰にはドワーフ製のミスリルと鋼の合金で出来た長剣、細々とした事に使うナイフ、非常食と干した薬草を入れた麻袋、水筒代わりの革袋、火打石。


馬の鞍にくくりつける大きめの麻袋には、麦の粉を練って干したモノと鉄の鍋、雨の時に羽織る外套、小さな毛布など。

他にも鞍にぶら下げる短い弓や、矢筒など、主に緊急時に生きて行く為の準備が中心である。

前線に出る事はないので、こう言ったモノは俺が持っていた方が良いのだ。

使用人の手を借りず、自分で用意した。


さて、持ち物チェックも終わり、いざ出発と袋を担いでドアを開けると、そこに旅装を整えたシエーナが立っていた。

俺の思考が止まる。


「私も、行きます。」


何言ってんだこいつ。


「どこに行くのか、わかって言ってるのか?」


「もちろんです。」


「なら、わかってるだろう。ダメだ。」


「旦那様は約束して下さいました。フィリップの許可があれば、視察に連れてゆく、と。許可はもらいました。」


マジかよ。


「これはただの視察じゃない。毎日死人が出るようなところだぞ。連れて行ける訳がないだろう。」


「嫌です。約束は、約束です。」


嫌ですってあんた。

子供じゃないんだからさ。


参ったなぁ。てか、なんでフィリップ許可出してんだよ。ダメだろ。どう考えたって。


「なら、その約束を破る事にしよう。屋敷に残れ。」


「それなら、私も旦那様の命令に背きます。なんと言われてもついて行きます。」


シエーナが、ジッと俺を睨みつける。

目には涙が溜まっていた。


「そこまでして、なんでついてきたいんだ?」


「もう嫌なの。何も知らずに、何もわからずにただ待ってるのは。」


ポロリ、とシエーナの頬に涙が伝う。

だが、シエーナは目を合わせたまま動かない。


「貴方が行くなら、私も行く。」


駄々っ子か。


俺は、深い溜息をついて、シエーナの足元から顔までゆっくりと視線を這わせる。

革のブーツに薄い鉄甲の脛当て、腰に魔物の革のスカート、ベルトには短剣が差してある。

胴にはこれまた薄い胸甲、肩からは外套を羽織っている。微妙に魔力が漂っているので、特殊な布で作ったのだろう。

手甲もしているが、これも薄い。


「物見遊山に行く訳じゃない。使用人に言って、干し肉を分けてもらってこい。出来れば、毒消しの薬草も。馬には、乗れるな?」


言うと、頬に涙を伝わせたままシエーナは笑い、はい、と元気良く返事をして駆け出して行った。


「あの野郎、今度会ったらどうしてくれようか。」


シエーナの背中を見送って、独り呟いた。

もちろん、フィリップの事だ。

ヤツは今マルガンダの役所でキートスと話しをしている筈だ。

屋敷の前には、既に護衛が集まっていて、俺を待っている。

輸送隊は既に出発しているが、馬なら昼過ぎには追いつく筈だ。

というより、追いつかねばならない。

道がしっかり整備されていないので、見失うと大変な事になる。


今から、役所に寄る余裕はなかった。


屋敷を出ると、護衛騎士が整列していた。

赤虎馬に跨った俺を、一斉に見つめてくる。


「パウロ。」


呼ぶと、パウロが馬を寄せてきた。


「すまん。シエーナがついて来る事になった。」


「えっ?」


「手間をかける。」


パウロはぼかん、としている。

そりゃそうだよな。


「冗談でしょう。身の回りの世話なんか、俺達にはできませんよ?」


「血筋は貴族だが、元は市井にいたんだ。自分でなんとかするだろう。」


言ったところで、背後から馬蹄の音が近づいてくる。

振り向くと、見事に馬を乗りこなしているシエーナが、馬をこちらに駆けさせていた。


「驚いた。あのシエーナ様が。」


パウロが小さく呟いた。

そりゃ俺のセリフだ。

何処で馬術を習ったんだ。


「お待たせしました。旦那様。パウロ、迷惑かけないように気をつけるから、よろしくね。」


晴々とした笑顔でシエーナは言った。

開いた口が塞がらない、とはこの事か。


「昼までは駆け通す。遅れたら、置いて行くからな。」


言うと、シエーナは満面の笑みで頷いた。

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