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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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夫婦喧嘩。

その後、細かい打ち合わせや、計画の修正などを行って、会議は解散した。

いつの間にか、夜更けになっていて、俺は執務室で一人、遅い夕食を摂った。

フィリップは各部署の監督に駆けずり回る事になり、しばらく屋敷にいない。


今夜は、俺を含め、みんな徹夜になるだろう。


キートスの部下達が、決定した事を書類に起こし、俺の印を求めてくる。

他にも、実際に動くとなると、細かい裁可が必要になる所が出てくる。

サンヴェラ達を送り出す場所も決めねばならない。

とは言っても、それらがあがってくるまでは、自由時間である。

食事を終えると、俺はコーヒーをメイドに頼み、うちの領地の地図を眺めながら、一息ついた。


不意に、ノックの音が聞こえる。


もう書類が来たのか、と少々げんなりしながら、入るよう促す。

入って来たのは、寝間着姿のシエーナだった。


「どうした。こんな夜更けに。」


「目が覚めてしまって。み、皆さんお忙しいそうにして、何かあったのですか?」


不安気な顔で、シエーナは言った。

こんな時に、かまっていたくない。


「大した事じゃない。気にするな。」


「でも、あんなにキートスが慌てているところ、初めて見ました。フィリップも先程屋敷を出て行ったようですし、マンシュタインもポレスもいました。この間、お役目をもらったトロンテスまで。」


「だから、なんだ。」


「ぜ、絶対に何かあった筈です。」


「言っただろう。大した事ではない。」


「でも、こんな事は今までありませんでした。」


「何度も言わせるな。大した事じゃない。」


「嘘ですッ!」


突然、シエーナが大きな声を出した。

それに、執拗だ。

普段の彼女ではない。

彼女自身、大声を出した自分に動揺しているようだが、それは俺も同じだ。


「どうしたんだ。シエーナ。」


焦りと苛立ちを抑え、俺は尋ねた。

こんな形で、ぶつかる事になるとは思っていなかった。

何故、今なのだ。


「わ、私は、あなたの妻です。」


「そうだな。」


「貴族として、出来て当たり前の事ができない、どうしようもない妻かもしれません。」


シエーナの声が、震え始めた。


「でも、私だって、話しを聞く事ぐらいできます。なのに。」


シエーナは、こちらを見つめたまま、涙を零し始めた。

必死なのだろう。

いつもなら、俯いて泣いている顔を見られないようにして、いつまでもグズグズと泣くのだ。


「あなたは、私を見てくれない。」


あぁ、その通りだ。

俺は、シエーナを妻に迎えたかった訳ではない。

侯爵家に必要な正妻が欲しかっただけだ。

普段は領地の事で忙しく、たまに空いた時間はエルロンドと過ごす。

ここのところ、疲れている時などにはアイラの館に行く事もあった。

シエーナと過ごすのは、月に二回かそこらだ。

そして、それが政略結婚と言うものだ。


「だから、なんだと言うのだ。所詮、こんなものだろう。」


そんな事は、シエーナもわかっている筈だ。

貴族の結婚など、ろくな事がない。

妾にしたって家臣の娘だ。

それが、貴族なのだから、仕方ない。


俺は、納得したかどうかは別として、それをもう受け入れていた。


「エリーゼ様とは、あんなに仲が良かったのに?」


涙を流し、微笑みながら、シエーナは言った。


俺は、声が出なかった。

胸が、締めつけられるような、エリーゼが逝った時のような、そんな感覚が、全身に広がる。


「一度、お見かけしたのです。ラランドで。」


ラランド。

新婚旅行で寄った、芸術都市だ。

よく覚えている。

俺を主人公にした演劇を見に行った。

あそこに、いたのか。


「奥様をあんな幸せな顔にさせる人なのでしょう?」


「違う。」


「なのに、どうして、私には。」


「違う。お前だからではないんだ。」


「なら、どうして。」


「エリーゼだったから、だ。」


言うと、シエーナは顔を伏せた。

我ながら、残酷な事を言ったと思う。

だが、嘘ではない。

どれだけ遠い所にいても、エリーゼはエリーゼだ。

他の誰にも代えられない。


「私は、なんなの?」


しばらく顔を伏せ、沈黙が続いた後、シエーナが呟いた。


「俺の、正妻だ。」


「それだけ?」


「それだけだ。」


「愛しては、くれないの?」


「できない。」


「どうして?」


「君も、わかっている筈だ。」


「わからないわ。私は、一生懸命、勉強した。それでも貴方は」


「そんな事、俺は求めちゃいない。それは、君の逃げだ。貴族らしく在れば、君を愛する事になると、本当に信じてたのか?」


「だったら、どうすれば良いの?」


「俺の、正妻であり続ける事だ。すまないが、それしか俺は求めていない。」


本心ではない。

それは、俺が一番よくわかっている。

ずっと、目を向けないようにしてきただけだ。


俺は、怖いのだ。


シエーナを、もし俺が愛してしまったら、エリーゼを忘れてしまうんじゃないかと。

そして、それを見たエルロンドが、酷く傷つくんじゃないかと。


恐ろしくて仕方がない。

普段のシエーナが怯えるような仕草をする度、極度に緊張している様子を見る度、それが自分の姿と重なる。

そんな自分を、見たくはなかった。


ここ最近、気づいた事だ。

フィリップにも、言っていない。


「シエーナ。すまない。仕事が、まだ残っているんだ。自分の部屋に、戻ってくれ。」


何か言おうとしたシエーナを手で制し、言った。

いつまでも、こんな時を耐えていたくない。


シエーナは、しばらく涙を流しながら俺を見つめ、執務室を出ていった。


思わず、深く溜息をついて、コーヒーを口に含んだ。

ぬるく、ただ不味かった。

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