緊急会議
三日後、第二報が入った。
サンヴェラは、神殿の下層を掘り進めた所、神殿が地表に出ていた頃は二階建て以上の石造建築であった事を確認していた。
上層に比べ、下層は比較的保存状態が良く、神殿内部に文化の痕跡が残っている事を期待して石の扉を開けたところ、夥しい数のスケルトンとグールが出てきたそうだ。
死者は、護衛騎士十七名、人夫六十四名。
怪我をしていない者はいない。
逃げるのに必死で、重傷者を運んでいる余裕もなく、その場に捨ててきたようだ。
予め、重要な遺物は馬車に積み込んであったので、今はその馬車を守りながらマルガンダに向かっているとの事。
神殿下層の規模はわからない。
人型のアンデットが湧いていると言うのも気になる。
高位のアンデットは知性を持つ。
他のアンデットを使役し、地下を掘り進め、自分の住処を広げるケースもある。と言うより、今回はその可能性が高い。
「ローフェンが到着するまでに、かなりの数の魔物が湧き出て来るでしょうな。迂闊に近付くと、被害が大きくなります。」
緊急会議を開き、今後の対応策を練っていた。
出席者はマンシュタイン、フィリップ、キートス、パウロ、ポレス、ダルトン、アルフレッド、トロンテス。
他に騎士団から将校格の者が三名。
一隊を率いる力量を持っている者たちで、増員が決まればすぐに指揮官となる者たちだ。
「マンシュタイン、放っておく事は出来ない。早急に神殿まで魔物を押し込み、入口をこちらで管理できるところまで持って行きたいんだ。」
「不可能です。ラドマンを動かしている以上、これ以上騎士団から人員を割くと、ローヌはともかく、サンジュリアンで魔物の被害がかなり増えます。」
「キートス、傭兵を雇えないか?」
「一千までなら、なんとか。」
「せめて、二千は必要です。森に散った魔物なんとかしなければ。」
くそったれ。
なまじ、前世の知識があっただけに、こういったリスクの想定をしていなかった。
準備もなく、高いレベルで対応するだけのノウハウや体力がエンリッヒ家にはない。
騎士団の面々と、内務官の面々が議論を始める。
早急に、騎士団に増員の計画を立てるべきだと言うポレス。
騎士団の携帯食である干し肉や、騎乗する馬が揃わないとトロンテスが真っ向から反対する。
冒険者の拠点建築を待つべきだとキートスが述べ、マンシュタインが犠牲が増え過ぎると言い返す。
犠牲を払う事は止む無し、とダルトンが言うと、騎士を殺す前にお前が死んで来いとパウロが挑発する。
俺とフィリップ、それと三名の将校だけが黙っていた。
「フィリップ、お前はどう思う。」
ヒートアップし始めた面々を眺めながら、俺はフィリップに話しかけた。
こういう時は、言いたい事を全て言わせた方が良い。
ポロリと、それぞれの本音が聞けたりもするのだ。
対応策がこれで決まる訳ではないが、悪い事ではない。
「完全に抑え込むのであれば、王宮に援軍を請うべきですな。当家だけでは不可能です。」
それは、最後の手段だ。
王宮にはなるべく借りを作りたくない。
まして、数年後には戦役が勃発する事がほぼ確実なのだ。
兵だけでなく、多大な軍費や兵糧を要求される可能性が高くなる。
「ただ、完全に抑え込む必要はありますまい。あの近辺で農耕をするのは難しくなるでしょうが、元々森林が多い土地ですし、開墾するにも時がかかります。それに、迷宮で生まれた魔物は、あまり迷宮から離れたがらないと聞きますからな。」
議論している連中の中では、キートスの意見がそれに最も近いか。
要は元々そう言う土地だったと、思い定めれば良いのだ。
だが、放置する訳にも行かない。
放っておいて、気がつけば手が付けられなくなっていたなど、シャレにもならない。
最善の策ではないが、仕方なかった。
俺は議論している連中の声を聞きながら、次善の策をまとめた。
「マンシュタイン。」
言うと、皆は議論をやめ、俺に顔を向けた。
「騎士団から一千を割いて、城郭を築くドワーフの護衛に当てろ。ローフェンとラドマンは神殿周辺に湧いたアンデットの討伐。」
マンシュタインが何か言いそうになったが、俺は手で制した。
「キートス、騎士団に一千の増員を。他の全てを遅滞させる事は許さん。速やかにやれ。ダルトンは向こう側から糧食と家畜を買い付けて来い。」
名を呼ばれた全員が、頷いた。
「キートス、足りない金貨を計算して、この後すぐ俺のところに持って来い。」
今度はフィリップが何か言いかけた。
エンリッヒ家の私的財産を、使おうとしている事に気づいたのだろう。
他に気づいているのは、キートスとアルフレッドぐらいのものか。
エンリッヒ家の領地を一年維持できるほどの金貨がうちの金庫にはある。
今回の事に全てを使うつもりはないが、多少家計は苦しくなるだろう。
「ローフェンは神殿まで半日の距離でラドマンを待たせ、その後周辺のアンデットを狩らせるように。報告は三日に一度。アルフレッド、シュナに湧いた魔物の数を探らせろ。無理はさせるなよ。おおよそで良い。」
面々を見渡す。
皆、真剣な表情だった。
「しばらく、更に苦しい時期が続くぞ。少々の苦労を厭っていたら、あっという間に綻びができる。気を抜かないでくれ。頼んだぞ。」
皆が声を揃えて、低い声で応えた。
仕事は苦しくはあるが、一丸となるのは不思議な心地良さがある。
俺は、口元に笑みを浮かべていたのに、気がついた。
皆も不敵な笑みを浮かべている。
やれる所まで、やるしかない。
俺は腹を括った。