妾。
アイラが、俺の妾になった。
マンシュタインの長女で、歳は確か19か20だった筈。
この世界では、晩婚といって良い。
「お前が、義理の父、か。」
マルガンダにいる者たちで開いた、ささやかな宴の席で言うと、マンシュタインは苦笑した。
子供が出来れば別だが、義理の父、と言えるほどの強い結び付きではない。
彼は娘を人質に差し出したようなものだ。
マンシュタインの忠誠に、疑いの余地はないが、周りはそう見てはくれない為に、マンシュタインは娘を差し出したのだ。
なにせ、一家でエンリッヒ侯爵家の軍事力を掌握している。
その気になれば、容易く俺の首が物理的に飛ぶだろう。
「お気遣いは無用ですぞ。息子共や、アイラには分を弁えるよう言い聞かせておりますので。」
ランシュムーサス家とは、これで複雑な関係になる。
男子が生まれれば、その複雑さは一層増す事だろう。
その子供は、エルロンドの異母弟にあたる事になるのだ。
それも、ランシュムーサス家が後見につく弟だ。
気を抜けば、後々内紛の種になりかねない。
もちろん、悪い事ばかりではないのだが、未だに前世の価値観が残っている部分があるだけに、こういった政略結婚は好ましく思えない。
俺は、基本的には後ろ向きの人間なのだ。
「そう言う話しは、なしにしよう。せっかくの宴だ。」
マンシュタインのグラスにワインを注いでやる。
マンシュタインはどれだけ飲んでも乱れる事はない。
酒に強い、と言うよりは、そういう風に自分を作ったのだろう。
ポレスと、ラドマンは出席していない。
サンジュリアンには、魔物を狩りきれていない所も多く、二人は多忙を極めていた。
来月には騎士団を三千強ほど増員する予定でいる。
ローフェン・モルドバと言う騎士団の下級将校格の男が、その三千を束ねて一隊を組織するようだ。
騎兵二百に歩兵が三千の編成で、うちでは初めての混成の隊になる。
南のエルフとはいずれ戦になる気配が濃厚なので、対人戦ではそういう隊がいた方が戦術の幅が広がる為、増員が決定した。
一年程は開墾と調練を行うとの事で騎馬も少なく、総合的に見れば極端に軍費が必要になる訳ではない。
サンジュリアンが穀倉地帯として機能するまでの五年を耐えきれば、騎士団が二万になっても養う事が出来る筈だ。
移民は新たに一万ほどが、渓谷の向こう側にある町に集まっていた。
兵役はあるものの、うちの領地に国境と接している所はない。
おまけに、税率も低い。
行商人や旅人経由でその話しが伝わり、戦争や魔物の襲撃にあった難民や、各地の貧困層の民達の多くがうちの領地を目指しているそうで、今のところ移住を希望する者は増える一方だった。
農地に適した土地は、サンジュリアンはもちろん、ローヌやマルガンダ周辺にもかなり余っているし、切り拓いていない森や山も多くあり、狩人や木こり、木工職人などがそう言った場所の近くに住み始め、ローヌ河沿いには漁民達が幾つも小規模な村を作っている。
他にもローヌ地域の北にある、大規模な鉄鉱山と岩山の麓には、ついに鉱夫や鍛治・石工職人達が住まう鉱山都市と呼べる程の街が出来た。
騎士団には、それらの護衛任務もある。
うちの領民達は、傭兵を雇えるほど、まだ豊かではないのだ。
宴は、さっさと切り上げた。
マンシュタインの他に、主な家臣ではパウロとダルトン、キートスとアルフレッドが参加していた。
彼らは、まだ飲むようだ。
俺は別室で待っているアイラのもとに行かねばならない。
俺が席を立つ時、マンシュタインは、黙って頭を下げた。
俺は、目を合わせる事が出来なかった。