サンテミリオン
移民団が、入植を始めた。
急造の船着場から、ポレスの隊が護衛につき、それぞれに割り当てた土地に連れて行く。
一度に二千ほど、何度も何度もポレスは往復する。
船着場にはマンシュタインが歩兵を率いて駐屯していて、未だにドワーフの指導のもと、様々な施設を建てていた。
反対側にも大規模な船着場を造り、それを含めて、ここは一つの街になる。
マルガンダの玄関とでも言うべきか。
王国との輸送路としては、ローヌ河はうってつけで、陸路よりも早い上に安全だ。
栄えるようになるのは、まだまだ先だろうが、此処も商業的に重要な拠点になっていく筈だ。
俺は、キートス、サルムート、ダルトンの三名とで、地図を睨んでいた。
サルムートが本拠地とする場所が中々決まらなかった。
キートスはサルムートが担当する地域のほぼ中央を薦め、ダルトンは南東にある丘陵、サルムート本人は、船着場であるローヌ河岸に本拠地を置きたいと言ってきた。
キートスは統治に必要なのは伝達の早さだと主張し
ダルトンは、本拠地にこそ物資を集積すべきだと主張し
サルムートは、俺達からの命令が受けやすい事と人や物資の見張りやすさを主張した。
それぞれに一長一短がある。
まず、キートスが指した場所は、平原のど真ん中から少し西に寄った所にある。
傍にローヌ河の支流が流れ込んだ湖があり、船着場まで快速の小舟で三日、馬で六日ほどの距離がある。
マルガンダまで船と馬で、急げば四日と言った所か。
この湖から流れ出る川もあり、とにかく交通の弁が良い。
灌漑もやりやすく、豊かな畑が広がる事が期待できる。
か、その分怖いのは水害だ。
窪地になっているので、水没すれば目を覆いたくなるような被害が出るだろうし、馬では本拠地に辿り着くのが難しくなる。
ダルトンの意見はそれと真逆といった所か。
キートスが指した場所の南東にある丘陵地帯で、ここは麦よりも野菜や果物、他に牧畜を中心とした生産を行う事になる。
マルガンダまで馬で最低五日。船と併せても四日半はかかる。
高地にあるので水害の心配はいらないが、他に物産となるものはなく、交通上の拠点にもなり得ないので、ある程度の規模からは発展しにくい土地だ。
最後のサルムートだが、彼の弱気な部分が見え隠れするものの、ローヌ河と言う、西は海、東はローヌまでの長大な道のほぼ中央に位置する事もあって、抑えておきたい重要拠点である。
今後を考えれば、ここに食糧生産を掌握するサルムートを置く価値が、まったくない訳ではない。
「どうしたもんかね。」
俺の目の前で、白熱した議論をキートスとダルトンが繰り広げている。
サルムートは、どこでも良い、と言った感じか。
無責任、と言うよりも大まかな事は上に決めてもらった方が力を発揮出来るタイプなので、あまり独自の発想が出て来ないのだろう。
「アルマンド様は、どうお考えなのでしょうか?」
サルムートが言うと、他の二人はピタリと議論を止めた。
三人共いっぺんにこっち見んな。
俺は、北西にある山の麓を指した。
それほど高い山ではないが、緩やかな斜面が広がっており、一見すると丘のような地形だ。
ローヌ河に流れ込む支流があり小型の船ならば行き来できるだけの水深はあった。
山には木が多く、そのまま周辺も森となっていたが、既に切り拓かれ、二千人ほどが入植している筈だ。
「なぜ、そこに?」
「お前らの意見の良いとこ取りだな。マルガンダまで船を使って四日日、ローヌ河まで半日かからないぐらいか。高地にあり物資の集積地として申し分ない。馬を飛ばせば、中央の湖まで一日半。悪くない場所だと思うが。」
言うと、三人は難しい顔をして、その一点を睨んだ。
「西の事も、視野に入れておられますか?」
「その通りだ。キートス。」
物資の集積地は、今後開拓を進める為、出来るだけ西に置きたかった。
西の開拓では、出来るだけ自前で食糧は用意したい。
「そこにしましょう。少し遠い気もしますが、西を考えればどうと言う事もありませんし。」
サルムートが言って、他の二人も頷いた。
「よし、この地域はサンテミリオンと名付ける。部下にした連中を連れて、明朝発て。」
頷いたサルムートは、キートスの部下から二十名ほど選んで連れて行くようだ。
抜けた穴は、移民の中から召し抱えた五十名ほどが、埋める事になる。
何人かは即戦力と呼べるほどの者もいて、仕事ぶりを見て何か役職を与えるつもりだ。
「来月あたり、俺も一度見に行く事にする。その間に、なんとか住めるだけの環境は整えさせろよ。」
言うと、サルムートの顔が強張った。
来月からは、麦秋の季節である。
本来ならば刈り入れの時期に、サンジュリアンの民は種を播く為に畑の手入れをしなければならない。
農民だけではない。
様々な職種の領民が、この一月でなんとか生きる為の準備を整えねばならないのだ。
それらが上手くいっているか、俺はこの目で見ておきたい。
収穫の時期は、煩雑な作業が多くあるものの、俺が判断しなければならないほどの重要事項は少ない事もある。
「はい。是非、シエーナ様も御一緒に。」
サルムートは、そう言って、笑った。
シエーナとサルムートは、気が合うようだ。
市井で最下層の生活をしていたシエーナと、農民出身のサルムート。
他の連中より、価値観が近いは当たり前と言えば当たり前か。
ちなみに、サルムートは結婚していて、大変な恐妻家であり、愛妻家である。
確か、息子と娘がいた筈だ。
シエーナの事を夫婦揃って気遣っており、シエーナが潰れずになんとかやってこれている理由の一つになっていた。
「あぁ。こないだ、そんな約束したからなぁ。連れて行かないわけにもいかん、か。」
言うと、サルムートは苦笑した。
正直、気が重い。
来週には、マンシュタインの娘が俺の妾になるのだ。
彼女にしてみれば、面白いわけがない。
「楽しみにしてらっしゃいましたよ。少々不器用な方ですが、随分と立ち振る舞いも様になって来ましたし。少しぐらい、ご褒美を差し上げてもよろしいかと。」
「お前に言われるか。」
キートスと、ダルトンは黙っていた。
この二人は、シエーナの事を快く思っていない。
彼女が貴族らしくない、と言うのもあるが、一番の理由は俺がシエーナを好いていない事を察しているからだ。
それだけで、彼らの目には余り良いように映らないらしい。
「口が過ぎる、とは思っておりません。エルロンド様の御教育にも影響しますので。」
わかっている。
だが、わかっている事と実際に行動できるかは、別なのだ。
「いずれ、な。」
それだけ言うと、サルムートは深く頭を下げた。
こいつは、こいつで得難い家臣だ。
ふと、この間のフィリップの顔が浮かんだ。
このいずれを、彼も待っているような気がした。