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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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侯爵と後妻の夫婦仲。

「おかえりなさいませ。」


屋敷に着き、フィリップと、シエーナ、それに数人のメイドが俺を出迎えた。

シエーナは何か言いたげにモジモジしている。


「あぁ。早速、皆を集めてくれ。当面の資金の目処が立ったからな。しばらく、忙しくなるぞ。」


言うと、フィリップは頭を下げて屋敷に入っていく。

シエーナは、まだモジモジしていた。

こいつのトロさは筋金入りだ。

数ヶ月もフィリップがついて、この様か。


「どうした。シエーナ。」


俺の声に、メイド達の顔が強張った。

感情が、出ていたのかも知れない。

結婚した今となっては、知ったこっちゃないが。


「お、おかえりなさいませ。旦那様。」


旦那様。

そうか。確かに、おかしくない。

貴族としては、まったくもって正常だ。


なのに、こんなに胸を締め付けられる。


俺を、アル、と呼ぶ人は、もういないのだ。


二人で目を覚ましたベッドの上で、おはようのキスをしてくれる人も


一日の終わりに、どうでも良いような事を楽しげに話す人も


もういない。

わかっている事だが、シエーナはそれを俺に突きつけた。


いや、彼女は悪くない。


俺が馬鹿な期待をしていただけ。


毎回、期待してしまう俺が弱いだけ。


それだけだ。


「ただいま、シエーナ。」


俺は、なんとか声を捻り出し、笑顔を作った。

シエーナも、ぎこちない笑みを浮かべる。


「少し、歩こうか。」


言うと、シエーナはこくり、と頷き俺の横に並んだ。

屋敷の、会議に使っている大部屋まで、極力ゆっくりと歩く。


「作法や座学の進み具合はどうだ?」


「え?あ、その。ごめんなさい。中々上手く行かなくて。」


「別に責めている訳じゃないんだ。謝らないでくれ。勉強は君のペースで、ゆっくりやれば良い。」


「ごめんなさい。どうしても緊張してしまって。」


「問題は、そこじゃないと思うが。まぁ、良い。そのうち慣れるさ。僕は、そうだった。」


「本当、ですか?」


「あぁ。なにせ、人とまともに話すのも久しぶりだったからね。特にダンスの習得には苦労した。」


「そうですか。でも、私はやっときちんとお食事できるようになったぐらい、ですから。旦那様とお出かけできるのは、まだまだ先ですね。」


「うちの領地で、出かけてまで行く所なんてほとんどないがね。いずれ、そういった町も作りたいが。」


「どんな町を、ですか?」


「まずは、農業都市だな。食べる事に困らない事が、第一だから。次に商業都市。作った食糧を、物流に乗せる事ができれば、領民達にも、他の事に目を向ける余裕が出てくる。芸術や学問だな。そういったモノで生活が成り立つ町を、いつか作りたい。」


「ずっと、お忙しくされているのでしょうね。」


シエーナの声には、憂いが滲んでいる。

彼女の心の動き方が、俺には手に取るようにわかる。


彼女は、自分を責めてしまう。


自分は貴族らしくないから。


自分は何の役にも立たないから。


自分は迷惑をかけてばかりだから。


自分は子供を産んでいないから。


だから、愛されてなくても、家臣から疎まれても、エルロンドが懐かなくても、マルガンダはおろか屋敷からさえほとんど出してもらえなくても、仕方がない。


哀れだった。


俺がシエーナを愛せないのは、彼女がエリーゼになろうとしているからだ。

仕草や行動に、それが出る。


家臣がシエーナを疎ましく思うのは、息が詰まるからだ。

主君の正妻が、家臣に頭を下げてばかり、気を遣ってばかり。

家臣は逆に頭を下げねばならないし、そうならない為に彼女といる時は、より気を遣わねばならない。

疲れるのだ。


エルロンドが懐かないのは、彼女に母親になる覚悟がないからだ。

何をするにも中途半端で、キチンと褒めもしないし、叱りもしない。

エルロンドは、それを見抜いているとしか思えない。

子供は、時に残酷で、常に正直だ。


屋敷から出してもらえないのは、領主の正妻としての自覚がないからだ。

教わる事をこなしさえすれば、それで良い訳ではない。

時には、高貴なる者として自らの意志を示さねばならない。

彼女の精神は、そういった自立には程遠い状態だ。

領民達の目にどう映り、どう考えるかはわからないが、決して良い方向で彼女を捉えはしないだろう。


シエーナは、何が問題なのかは理解している。

だが、どうしてそれが問題なのか、深く考えていないのだ。

彼女がそれに気づかない限り、俺達から手を差し伸べる事はできない。


「極力、時間を作るようにするよ。どれだけ、とは約束できないが。」


言うと、シエーナは寂しげな笑みを浮かべた。


それだけで、何も言わない。

シエーナに使える筈の時間を、マンシュタインの娘のもとに通う為にあてるであろう事は、わかっているのに。


マンシュタインの娘は、一週間後に俺の妾になる。

身内だけで、ささやかな宴を開くつもりだが、当然シエーナは出席しない。


元々、新婚当初からシエーナと夜を過ごすのは十日に一度ぐらいだった。

これから、それが更に減る。


新婚としても若い貴族の夫婦としても、極端に少ないが、シエーナは何も言わない。

我儘を言ってはいけない、と自分に課しているのだろう。


そういう所も、俺は気に入らない。


寂しげな笑顔に見送られ、俺は会議室に入った。

互いに、声はかけなかった。

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