幕間 メリークリスマス
クリスマス。
もちろん、そんなモノはこちらの世界にはない。
一応、祝日はある。
前世で言う、元旦、建国記念日、春分、夏至、秋分、冬至の六日だけだ。
なんとも味気ない。
特に新婚ほやほやの俺とエリーゼには、もっとイベント事があって然るべしだ。
「フィリップ。」
「はっ。」
「24日と25日の二日間、うちのもんに休みをやれ。」
「は?」
「昔、本で読んだ事がある。この季節には赤い服を着た巨漢の爺さんが、子供達にプレゼントを配って周るんだ。大人達は愛する者と共に過ごし、この日を祝う。」
「そんな話し、聞いた事もございませんが。」
「まぁ、良いじゃないか。うちの奴らは働き過ぎだ。たまには、そうやって騒ぐのも良いだろ。」
そこまで言うと、フィリップは苦笑したものの、頷いた。普通、働くだけだと、どうしても辛くなってくるのは、理解しているようだ。
うちの屋敷は無駄に広いが、ほとんど使ってない部屋が多い。
こう言う時にこそ、この屋敷の真価を発揮させねばなるまい。
「その二日間は、民にもこの屋敷を解放する。宝物庫などの警備はしっかりとな。」
「民を屋敷に入れてどうなさるおつもりで?」
「決まってるだろう。宴だ。子供達には宝探しをさせよう。」
それからフィリップの猛抗議が始まったが、俺はやる、と押し通そうとする。
ついには、キートスまで引っ張り出し、二人して俺を説得する始末。
「たかだか二日、仕事が滞ったぐらいで潰れる程度の仕事しかお前達はしてこなかったのか?」
「そういう問題ではございません。」
「それに、アルマンド様の警護はどうなさるのです。宴となると、パウロは役に立ちませんよ?」
「従士にやらせりゃ良いだろう。あいつらはどうせ飲ましてもらえないだろうし。いざとなればシュナもいる。」
とまぁ、こんな言い合いを一時間ほど繰り返し、二人は折れた。
早速、屋敷の者達や王都の民に告知する。
うちで一番楽しみにしていたのは、エリーゼだろう。
「ね、アル。欲しいものない?」
夕食を終え、二人でマッタリとワインを飲んでいると、突然聞かれた。
中々、良い直球だな。
俺はエリーゼにイアリングを贈る予定だ。
派手で高価なだけの装飾品を、エリーゼは好まない。
どことなく可愛らしい花や動物をあしらったモノを好むのだ。
良いものがないか、こっそり市場に出かけて探している最中である。
「いや、特にはないな。」
こうもキラキラとした何かを期待するような視線を向けられると、つい意地悪したくなってしまう。
いや、ほら、わかるだろ?
好きな子についつい意地悪したくなるアレだよ。
「む。そ、そう?なにかあるでしょ?」
あるにはある。
万年筆だ。
羽ペンはどうも俺の好みではない。
が、この世界の万年筆は高い。
人間で作れる者はそんなにいないらしく、だいたいがエルフが作ったものか、たまにドワーフが作ったモノもある。
素材もちょっと特殊なモノを使うらしい。
羽ペンは好みではないが、使えないと言う事はない。
そこまで欲しい、と言うほど、万年筆はコストパフォーマンス的にはよろしくない。ただの贅沢品だ。
「さぁ、ね?でも、俺はエリーゼが贈ってくれるなら、なんでも良いよ。」
「そう言う訳にもいかないでしょ。せっかくのクリスマスなんだから!」
うちでは、既にクリスマスと言う言葉は浸透しているらしい。
そんなどうでも良い事を考えながら、うんうんと頭を捻るエリーゼを俺は見つめていた。
これだけ悩んで贈ってくれるなら、本当に何でも良い。
むしろ、その気持ちだけで、心が満たされた気がした。
さて、クリスマスパーティ当日。
時間など決めていなかったが、なんとなくと言う形で宴は始まった。
家臣達と俺の執務室は従士達により出入り禁止となり、最後まで籠城したキートスは追放され、会場であるホールの席まで連行された。
フィリップは俺の傍に付き、ハリーは使用人の差配、マンシュタインは従士達と共に屋敷とその周辺の見回り、パウロは始まる前から飲んでいた。
屋敷の無駄に広いホールは、久々の盛り上がりを見せていた。
ホールにいる王都の民は百名ほどか。
それとは別に子供達が二百弱。
入りきれなくなり、庭にも急遽テーブルが運ばれ、盛大な焚き火で暖をとりながらの宴になっているそうだ。
他にもオーガスタ神が、身分差を気にしない変わり者の貴族を数人連れて参加していて、パウロと共に民を十数人巻き込んであちこちで騒いでいる。
大人達は、ちょっと緊張していたようだが、時間が経つにつれ、話し声が大きくなり笑い声も聞こえて来た。
子供達は最初から大はしゃぎだ。
宝の在り処を描いた地図をそれぞれに配ってある。
うちの部屋の中など、至る所に隠してあるのだが、それを見つけようと躍起になっていた。
どれも他愛ないオモチャだが、皆真剣で、楽しそうだ。
「俺達も、早く子供が欲しいな。」
エリーゼと二人、ホールの壁際の長椅子に腰掛け、皆を眺めながら、俺はポツリと漏らした。
「ええ。そうね。」
言ったエリーゼの声が、思ったより暗く、俺は少し驚いた。
思わず、振り向いて彼女を見ると、長細い20cmほどの箱を手渡された。
「メリークリスマスね。アル。」
うん。使い方間違ってる気がするが、まぁ良いか。
「中身は?」
「さぁ?後で開けてみて。」
む。
大体想像がつくが、まぁ良い。
「俺からも、だ。エリーゼ、目を閉じて。」
言うと、エリーゼは素直に目を閉じて、唇を少し尖らせた。
思わず、ちょっと笑ってしまう。
「なによ。」
「いや、可愛くてね。もうちょっと待ってくれ」
エリーゼの耳に、イアリングをつける。
純金製で長方形の板に、飛び立つ白鳥が透かし彫りされている一品だ。
少々派手だが、小さいながらも繊細な彫金は見事と言う他なく、俺は一目で気に入った。
俺の唇が、エリーゼの唇に軽く触れると、エリーゼはゆっくりと目を開けた。
「イアリング?」
「あぁ。気に入ってくれると良いんだが。」
言うと、どこからかフィリップが手鏡を差し出してきた。
気配を絶ってやがったな。見られたのか。
ちょっと恥ずかしい。
「ん、可愛い。ありがと。アル。」
言って、エリーゼは満足気な笑顔を浮かべる。
及第点だったか。
もうちょい大きなリアクションが欲しかったが、それは次回にお預けのようだ。
次こそは狂喜乱舞させて見せますとも。
「ね。アルのも開けてみて。」
言われて、開けてみると、やはり万年筆だ。
ペン先は金で、手に触れる部分は黒。
薄っすらと蹄のような文様が浮いていて、その上に薄い金板で馬をあしらった彫金が施されている。
「気に入った。ありがとう。エリーゼ。」
言うと、エリーゼは嬉しそうに笑った。
俺も、笑っていた。
辺りは騒がしい。
パウロが何か叫んでいる。
オーガスタ神とその他数名の歌声が聞こえる。
キートスも酔ったのか、何か大声を出していた。
ハリーが使用人達に料理の催促をする声も聞こえてくる。
フィリップは、傍で控えていた。
それでも、俺達は二人きりだ。
二人だけの、幸福な時間。
いつまでも、この時間が続けば良い。
心の底から、そう思った。