発掘調査
シエーナとのハネムーンは、一月で終わった。
ローヌとその周辺の村々の、視察を兼ねたハネムーンだった。
シエーナは、それでも楽しそうにしていた。
本当にそうなのかはわからない。
だが、屋敷の一室で毎日貴族としての常識を叩き込まれるよりは、まだマシな一月だっただろうとは思う。
屋敷に戻ると、シエーナはフィリップにしごかれる日々にもどり、俺は発掘調査に乗り出した。
人夫百名と、パウロの護衛、ラドマンの部下二十名と歩兵百名、三百名弱の一行になった。
神殿跡は林の中にある。
魔物が多いので、護衛は多めにつけ、防御施設の資材も持っていく。
馬車は二十台にもなった。
神殿跡に辿り着くまで、何度も魔物の襲撃を受けたが、死者はでなかった。
豚が人になってみましたと言う感じのオークや、巨大化してみましたと言う感じの虫の魔物が多い。
この土地に住む魔物の生態系に、思わず興味が湧いたが、今は発掘の方が重要である。
うちの家臣達は、俺には過剰な程の護衛を付けたがるので、皆が戦ってる間も俺はのほほんとしていた。
戦ってる間は馬車から出してもらえないから、ぼんやりしてるしかない。
死ぬ時は、どうあがいたって死ぬ。
一度死んでる上に、死ぬすれすれの毎日を十五年間も送ったのだ。
今更、魔物の襲撃ごときで狼狽える俺ではない。
神殿跡に着くと、歩兵は防御柵をたて、ラドマンの部下達は一塊りになって、駆け去って行った。
とりあえず、無事辿り着いた事をマルガンダに知らせ、戻ってくる。
俺は人夫達を連れて、まずは測量から始めた。
神殿跡から50mほど離れた所に、杭を打ち込んで座標の基準を作り、平板で周辺の詳細な地図を作る。
これをしないと、いざ掘り始めてからの図面が作れない。
これに一日かかった。
百名いたから一日で済んだが、前世ではこれを三人か四人ぐらいで、一月ぐらいかけてやったりする。
次の日には、トレンチを設定した。
トレンチとは、簡単に言うと四角形の穴である。
神殿に向かって南に、縦2m、横5mほどのトレンチを八つ、10m間隔で二列にして設定し、とりあえず5mほど掘らせた。
穴をひたすら掘る係、土に遺物が混じってないか確認する係、土を運ぶ係に分け、俺は掘り終えた所から地層の断面図を描いていく。
字が書ける者には、図面の書き方を教えながらやったので、掘り終えるのは一日しかかからなかったのに、断面図には三日かかった。
遺跡の調査に、断面図は必須である。
目当ての時代の地層を知るためには、絶対に必要なものだ。
この周辺の地層は、上から順に、60cmほどは腐葉土、80cmほどの黒っぽい粘土の層、3cmほどのくすんだ黄色の細かい砂の層、1mほどの白っぽい風化した石や炭が混じった層、更にそこから2mほだ黄土色の粘土質の層、下は白い粘土質の層になっていた。
図面を見ながら、とりあえず、黒粘土の層までは掘り進めても大丈夫そうだと判断した。
自然堆積と考えて間違いなさそうだ。
上から順に第一層から第六層と仮称する事にし、神殿の南、500m四方を今回の調査範囲にした。
第二層まではおそらく自然堆積、第三層は面で見てみないとなんとも言えないが、前世で言う平安京の道に使われていた砂に似ている気がする。
第四層は多分神殿と同じ年代の地層だろう。
混じっている石が神殿のモノと似ている。
炭化した木は、燃えたのか埋まっていた月日の中で炭化したのか、まだ判断できないが調査はこれからだ。
その下の粘土質の地層は、おそらく整地に使った土と火山灰だろう。
人夫に命じて、黄色っぽい砂がでてきたら掘るのをやめるように言って、トレンチの周りから掘らせてみた。
もし、道であればほとんど遺物は出てこないだろうが、その側に建物跡があるかも知れない。
まずは、この層の広がりを確認する必要がある。
「驚きました。こんなやり方、どこで覚えたんです?」
人夫の掘り方にケチをつけたり、あちらを掘れ、ここは掘るなと指図しながら、せっせと図面を書く俺に、パウロが話しかけてきた。
歩兵が周辺を巡回しながら魔物を狩る事を引き受けているので、護衛達は基本的に暇なのだ。
特に、パウロは何か起こらないと出番がない。
「やると決めた時から、色々考えてたんだよ。うちの懐を握る事業だからな。」
言うと、パウロは感心したように頷いた。
前世では半人前だったが、この世界で本格的な発掘ができるのは俺だけだろう。
成果がどれほどかはわからないが、俺はそれなりに期待出来ると踏んでいる。
第四層が神殿と同じ年代だと確定できれば、神殿の周囲も掘るつもりだ。
今は神殿の基礎が崩れる可能性があるので、掘る事ができないが、第四層が神殿と同じ年代だった場合、2m半ほど神殿がまだ埋まっている可能性がある。
全貌が明らかになれば、また新たな発見があるかも知れない。
俺は、久々にワクワクしていた。
ここまで熱中できるのは、久しぶりだった。