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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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冬の終わり。


マルガンダの屋敷に戻り、シエーナに部屋をあてがった。

結婚しても、同じ部屋で寝起きするつもりはない。

貴族というのは、普通そんなものだ。

別に屋敷を建てる場合もあるので、まだ良い方だろう。


俺とエリーゼが、特別だっただけだ。


シエーナには、フィリップを付けた。

時間をかけて教育すれば、少しはマシになる筈だ。

少なくとも、今のまま屋敷から出て欲しくない。


また、正妻に付ける為に雇った十名ほどのメイドも顔合わせさせ、それぞれに仕事を割り振らせた。

皆、フィリップの教育を受けているので、遺漏はない筈だ。

しばらくは、フィリップがシエーナの教育兼監視を行う事になる。


そういった事を決めてしまい、俺は一人で執務室に入った。

今は、落ち着いているが、数ヶ月後には大規模な移民団がやってくる。

ダルトンが王国国境の村々や、貧困層などを中心に募集し、渓谷の入り口に集めているのだ。

中には、新天地を求めた、商会や領地を継げない豪商や貴族の三男や四男、ドワーフの噂を聞きつけた職人なんかも混じっていた。


集まった者たちを、キートスとその部下が、開拓させる集団、マルガンダやローヌに住まわせる者、既にある集落や村に住まわせる者、ドワーフ達の下に付ける者に振り分けている。


確定している数は、現時点で約五千。


食糧に関してはサルムートがこの三年で、一万人で五年はもつ程の備蓄をしている。

王国内では、麦が若干値上がりしたようだが、冬麦が豊作になる見通しが立っているので問題ない。


キートスは、領地に来たばかりの頃に比べれば、顔色や頬の削げ具合がだいぶマシになった。

ローヌ地域は、ファーブルが見ているし、キートス一人に集中していた権限も、ダルトンやサルムートに移譲されつつあり、随分楽になった筈だ。


今忙しいのは、現場にいる者たちだ。


マンシュタインが率いる騎士団は領内を駆け回っている。

マルガンダとローヌを繋ぐ道沿いは、まだ魔物を狩りきれておらず、狼や熊タイプの魔物がちょくちょく出てくる。

流石に、村々や宿場町周辺は定期的に狩っているし、それなりの武装も各自でしているので大きな被害はないのだが、道の安全は今後の発展にも影響してくる。


それに加えて、治安維持や渓谷のゴブリンの問題もあり、また移民達がやってくる前に、開拓候補地に挙がっている土地に最低限の手を入れたり、周辺の強力な魔物を狩ったりもしなければならない。


おまけに、屯田兵達の指揮まである。


人が足りていないのはわかっているのだが、騎士団の数はこれ以上増やせないのが現状だ。

金はあるが、食糧が足りなくなる。

マンシュタイン達も、それは理解しているのでそこに関して何か文句を言って来ることはない。


ドワーフ達も、中々多忙である。

六十名ほどのドワーフが領内にいるが、うち十名は鉱山の管理、二十名が鍛治、更に二十名が建築、残りの十名は領地を移動しながら、領民の中から使えそうな者を探している。

既に百名ほどがドワーフの下で技術を学んでいるが、生産はまったく追いついていない。

追いついていないのだが、使える人数が増えるまでは、どうしようもない。

質だけは良いので、交易品として商人に流している。

中々良い値がついていて、領内では貴重な収入源になっていた。


書類に目を通した俺は、判を押していく。

サインは二年前から廃止して、うちの領内で役職をもっている者はドワーフが造った判子を使っている。

判子そのものにちょっとした細工をしてあるので、当面は偽造の心配はない。


書類を見る作業は、これで随分楽になった。


「失礼します。」


入ってきたのは、キートスだった。

フィリップがいないので、俺に取り次ぐ者はいない。

こういう時、ハリーがいないと困るのだが、今は王国内を放浪しているようだ。

手紙で年に一回か二回ほど、やりとりがある。


「どうした?」


「いくつか報告がございます。」


口頭の報告は、重要なモノや機密に関わる事が多い。

書類として記録に残すと、他所に漏れる危険性が高くなるからだ。

アルフレッドが、シュナの部下からそういった情報を運ぶ者を選別中だが、まだ組織化されていない。


「聞こう。」


「まず、北で怪しい動きがあります。すぐにどうこうなるモノではありませんが、おそらく大規模な侵攻を目論んでいると思われます。」


「規模と時期は?」


「規模の方はまだなんとも。三万程度なら今すぐにでも。十万なら再来年、二十万なら六年後、と言ったところです。」


北方の王国は、前世で言う徴兵制を採用している。

十八歳から例外なく軍に入り、二十二歳まで調練と実戦を繰り返す。

国民の男は子供と老人を除けば、誰もが兵になれる。

ただ、気候のせいで農耕が盛んではなく、遊牧民が多い。

兵糧の調達が難しく、ここ数十年は大規模な戦役は起こっていない。


「頭にいれておこう。他には?」


最悪、うちにも招集令状がくる可能性がある。

王国は、軍事派が常備軍を組織している。

およそ二百万ほどで、国境や王国の要所などに配備され、有事の際はそれに農民などを集めて軍を組織する。

ちなみに、うちの最大動員数は一万にも満たない。


「領地南方の森にエルフの住処が発見されました。集落の集合体で町とまでは言えませんが、少々好戦的な連中でして。シュナの部下二名が殺されております。」


エルフの存在は、予想はしていたが好戦的と言うのはよろしくない。

最悪、内戦に突入する可能性もある。

しかも、こちらは攻め入る事ができないのだ。


この世界の亜人には、世界にとって重要な役割がある種族がいくつかある。

エルフはその一つだし、ドワーフもそうだ。


彼らは、魔物の発生を抑制するのだ。


魔物と言うのは、日光が当たりにくい所で生まれやすい。

洞窟や、深い森、深海もそうだし、古代の遺跡だって魔物が発生しやすい場所である。

原因はよくわかっていないのだが、日光と魔力になんらかの関係があるんじゃないか、と昔から推測されている。

亜人たちが、魔力が澱むと魔物が産まれる、と証言しているからだ。

彼等は、そういった澱んだ魔力を体内に取り込み、自らの力の糧としている。

別に澱んでなくても良いと言えば良いのだが、余りに長い間、澱んでいない魔力ばかり取り込むと体調を崩してしまうそうな。


まぁ、そんなわけで、エルフと事を構える事になっても、根絶やしにするわけにはいかない。

彼等にとっては住み良い場所でも、彼等がいなくなれば、こっちも痛い目に会う事になる。

しばらく、放っておくしかない。

どの道、エルフが住まう南の森は、領地の最南端、山脈の麓に広がる大森林だ。

うちの開拓団が、そこに辿り着くのは、全てが上手く行っても十年以上はかかる。


「それも、わかった。」


「あとは、遺跡調査団ですが、百名ほどは集めました。おっしゃっていた条件で三年ほどの予算は捻出しましたので、その間になんとかして下さい。」


お、ついにできたか。


これは俺が直接指揮する。

発掘は経験がモノを言うので、口で伝えるのが難しいからだ。

発掘の候補地は、冒険者達が地表に露出している古代の建物などを幾つか発見しているので、その周辺を掘るつもりでいる。

有力な候補地は今のところ三つほどだが、これからも増えていく筈だ。

三年で、どれだけ出来るかわからないが、そろそろ王国内で物資を転がすのも限界が来ており、町を造る予算がないのだ。

領民が自給自足でき、税の徴収ができるまで後二年はかかる予定なので、なんとか金を稼がないと、二年間身動きがとれない。


「結婚式が終われば、すぐに動こう。販路の確保を頼む。いきなり魔道具は無理だろうが、骨董品の類ならかなり見つかる筈だ。」


「そちらの方は既に確保していますが、本当に大丈夫なのですか?普通、遺跡の発見など数年に一度ぐらいのものですよ?」


相変わらず、家臣達は懐疑的である。

何度も言うが、俺は絶対の自信がある。

王国成立よりも何千年も前に、俺の領地には国があった事が去年証明されたのだ。

元々、王国に遺された文書に人がいた形跡を示す文言はあったのだが、山脈を越えた旅人だの、西からの使者だの、特定個人の記述がチラリとあるだけで、文化的痕跡はなかった。

が、うちから出している探査の依頼を受けた冒険者が、マルガンダの北西で朽ち果てた神殿を発見したのだ。

パウロを連れて俺も見に行ったが、そこそこ大きな神殿で、それも至る所に破壊痕があった。

小さな祠程度なら原始的な宗教で片付けられなくもないが、神殿を建てるのは統治に宗教を利用していた証拠に他ならない。


日本で言うなれば、寺や神社がそれにあたる。


また、破壊痕は何らかの事情で、その神殿が放棄された事を示している。

パッと見ただけだが、石柱が焼かれたように変色していた部分があったので、戦争か魔物の襲撃でもあったのだろう。

持ちきれずに、置き捨てた遺物があるかも知れない。


「任せておけ。出来ない事はお前達に頼むしかないが、出来る事は必ずやる。」


それが良いのか悪いのかは別として。


このやりとりの二月後、俺はシエーナと再婚した。

ローヌの教会で、そこそこ地位のある聖職者と貴族達を呼び、盛大な式を挙げた。

シエーナは、幸せそうにしていたが、俺の心は冷えきっていた。


それは、俺の弱さだ。

エリーゼのために、エルロンドのために、彼女に必要以上に、冷たくなってしまう自分がいる事は、自覚している。


参列した貴族達は、皆笑顔だったが、うちの家臣達は誰も笑っていない。


冬が終わりかけていたが、まだまだ肌寒い日だった。

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