ローラン家の領地。
それから、俺とシエーナは何度かデートを重ねた。
自分は貴族である、と言う事を意識しなければならない所でなければ、シエーナはちょっと不器用なだけの、まぁ普通の範疇に入る女性だ。
改めてプロポーズし、正式に婚約した。
向こうは、最初から俺に憧れていたそうで、うちの領地で式を挙げる事になった。
最底辺の境遇から貴族に返り咲き、領主として様々な活動をしている俺と、情けで救われはしたが、いつまでも除け者にされる自分。
遠くから、成功した自分を眺めているような気分だったそうな。
俺は、さっさと事を済ませたい。
それしかなかった。
一度、フィリップを連れてローラン卿の領地まで行き、彼と会った。
どこにでもいる老人で、没落しつつあるローラン伯爵家の行く末だけを、しきりに気にしていた。
ローラン家も、古い血筋だ。そんな家にありがちな事だが、実権はほぼ家臣に握られてしまっている。
この領地を継ぐのは嫡男なのだろうが、次男は既に家を出て、三男と四男は成人しておらず、馬を駆って修練に励んでいた。
王国の北部、畑の収穫を期待するには寒過ぎるこの地域では、牧畜が盛んだ。
特に馬は名産であり、北方の異民族産に比べれば見劣りするが、それなりに良い馬を飼っていた。
商人に馬や羊を売り、食糧やその他諸々を仕入れて、生計を立てている者が多い。
貧しくはないが、豊かでもない。
町はあるし活気もあるのだが、どこか浮ついた活気に感じられる。
ここにはもう発展の余地もなく、家臣団とも上手くいっていない。
あと数代で、ローラン家は貴族と言う地位を失うだろう。
そんな事を見てとった俺達は、ローラン家の領地から、五十名ほど牧畜に詳しい領民と、一千頭の羊、百頭の馬を引き抜いた。
まともに教育されていない娘を、俺の嫁候補に送りつけたのだ。それぐらいは出してもらう。
俺がそれを知っている事に、ローラン家の家臣達は動揺し、ローラン卿は薄く笑みを浮かべていた。
交渉には、フィリップがあたり、その間、俺はローラン卿と少しだけ話しをした。
特に、俺を恨みに思う事はない。
俺となら、シエーナと合うと思った。
そんな事を、老人らしく何度も言っていた。
彼は、どこにでもいる、孫が可愛くて仕方がない老人だった。
先の事も、わかっていて、十一歳になる四男は、成人したらうちに仕える事になった。
家名を、細々とでも後世に残したいらしい。
それぐらいの事は、なんとでもなる。
事を済ませると、俺達はさっさと王都に戻った。
のどかな場所だったが、どこか物悲しく、落ち着かない。
王都に戻ってすぐ、領地に戻る手配をした。
しばらく、戻って来る事もあるまい。
未練は、まるでなかった。
俺が生きる場所は、ここではない。
シエーナは、ちょっとだけ名残惜しそうにしていたが。