散々な食事。
やっと、入り口に辿り着いた。
さぁ、これから、と言う所なのだが、なんかドッと疲れた気がする。
店側が席の準備をしている間、俺は支配人と話していた。
シエーナは、迷子になったように、ポカンとしていて、声をかけ辛い。
「支配人、すまない。見苦しいものを見せた。」
「いえいえ、オーガスタ様の御紹介ですから。もう慣れてしまいましたよ。」
オーガスタ神よ。
あんた、なにやってんスか。
聞くと、気に入った奴隷やら使用人に、ご褒美として、たまに此処に連れてくるそうだ。
もちろん、他の客の迷惑にならないよう、必ず貸し切り。
店側は、最初は断ってたそうだが、なんとオーガスタはこのレストランのオーナーに直談判し、買い取ってしまったそうな。
神の為さる事は、俺ごときには理解できなかった。
そんな話しをしていると、ウェイターが呼びに来た。
席の準備ができたらしい。
「シエーナ、行きましょうか。」
ウェイターの言葉が脳に到達できていなかったシエーナは、俺の言葉で我に帰ったようだ。顔がまた赤くなる。
レストランのホールで、やたらと豪華な円卓と椅子が俺達を待っていた。
執事達は別室で待機している。
向かい合わせに席に着くと、シエーナは赤くなったまま、おずおずと口を開く。
「あ、あの。エンリッヒ卿?」
まずは飲み物注文しないと。
ほら、椅子引いてくれたウェイター固まっちゃってるじゃん。
「なんでしょう?」
「あの、私、じ、実はこういう所、慣れてなくて。お、お、おかしな事してたら、教えてくださいね。」
おい。
伯爵家の長女が、こういうとこ来た事ないって時点でおかしいだろう。
まぁ、シエーナだから、わからん事もないのだが。
「ええ。ですが、ご存知の通り、私は元奴隷ですから、そういった事に気づけないかも知れませんよ?うちの執事にも、たまに叱られますし。」
嘘だが。
俺は奴隷生活から解放された後、フィリップとハリーに貴族としての教育を受け直した。
今でも、ちょっとややこしいのは抜けがあったりするが、テーブルマナーぐらいなら完璧だ。
俺の言葉に、安心したようにシエーナは溜息をついて、笑顔になった。
その後、俺はワインを、シエーナは林檎酒を頼んで食事が始まった。
過程は省く。
食事よりもマナーの完遂に集中したシエーナとは会話がなかった事、シエーナの豊満な胸あたりは肉料理のソースに塗れた事、シエーナは一度顔をウェイターに拭ってもらう必要があった事だけ述べておく。
デザートも終わり、俺は孤独に豊かにワインを傾けながら、考え事をしていた。
シエーナは、コースの後半あたりからは、俯きながら肩を震わせていて、さっきからグズり始めたのだ。
うん。
やっぱこいつおかしいわ。
一緒に食事をして、気付いた。
「シエーナ。」
声をかけると、シエーナは顔を上げた。
化粧が崩れて、酷い顔になっている。
「君は、本当に貴族なのか?」
シエーナの顔が青褪める。
「わ、私は、ローラン伯爵家の長女です。」
「ん、聞き方が悪かったな。」
ワインを飲み干し、グラスを置いて、俺はニヤリ、と笑った。
俺のような元奴隷でも、テーブルマナーぐらいなら、きちんと学んでさえいれば、恥をかく事は早々ない。
まして、貴族として生まれ育ったのであれば、彼女は不器用で言い表せる限界を明らかに突破している。
「君は、貴族として、教育を受けられる環境で育ったのか?」
ローラン伯爵家は豊かではないが、貧しくもない。
伯爵家としては、没落しかかっていると言っても良いのだが、娘を教育できない程、困窮しているわけでもないのだ。
ここまで言うと、再びシエーナは俯いた。
また、グズり始める。
まぁ、なんか事情があったんだろう。
しかし、参ったな。
俺の予測が正しければシエーナは多分、強く素直な子だ。
不器用なのは間違いないんだろうが、己の立場から逃げようとはしていない。
すぐグズグズして、なにかと落ち着きがなく、意志薄弱な女は嫌いだ。
だが
何事にも一生懸命で、押しつけられた責任ですら、負けまいと頑張る女は好ましいと思う。
さて、どうしたもんか。