第一印象。
しばらく休んだ後、オーガスタ神と二人でホールに戻った。
貴族や令嬢達は飽きもせず、纏わり付いて来る。
本当に鬱陶しい。
終了時間まで、なんとかやり過ごし、フィリップが終了の挨拶をする。
ラストチャンス、と最後の攻勢をかけてきた令嬢達を躱して、例の伯爵の娘を探しに行った。
彼女は屋敷の門までの道を、お付きの数人と共に、しゅん、とうな垂れて歩いていた。
合コンで異性と一言も喋れず金だけ払わされて帰るようなもんだ。
そりゃ凹むよねー。
「失礼。」
声をかけると、顔をあげた彼女は驚いたように目を見開いた。
お付きの執事やらメイドやらも同じ反応である。
「お名前をお聞かせ頂けますか。一言も、お話しできなかったものですから。」
言うと、彼女は顔を赤らめて、モニョモニョと口を動かした。
ハッキリ言えよ。
お前何をしにここに来たんだ。
「すいません。もう一度、お願いします。」
心の声など微塵も漏らさぬナイススマイルで言うと、彼女は更に赤くなってモジモジしている。
いかん。本気でイラついてきた。
前世の頃から、こういう女はハッキリと嫌いだった。
洒落にならないヘマや、訳のわからない行動をとったりするのは、決まってこういうタイプだ。
そのくせ、自分を守る事には人一倍熱心で、周囲の迷惑を顧みない。
自分の名前を言えないって。
女でも貴族だろう。お前は。
そんな貴族がいてたまるか。
俺が貴族である事に馴染むのに、どんだけ苦労してると思ってんだ。
俺は笑顔のままだが、頭の中ではこんな事が浮かんでは消える。
正直、このまま立ち去りたい。
「シエーナ・ローラン、です。」
やっとの事で、それだけの言葉を捻り出した彼女は、真っ赤な顔を、俺に向けた。
おい。名前聞いただけで、なんで泣きそうになってんだよ。
意味もなくグズる女も嫌いだ。
「あ、あの。」
自分のスカートを握りしめている事に、こいつは気づいてるんだろうか。
まぁ、伯爵家なら服の一着や二着、どうってことないんだろうが。
この世界の服は高い。
こいつは、自分が着ているモノの値段を知ってるんだろうか。
物持ちが良くないやつは、男女に関わらず嫌いだ。
モノを大事にできないやつが、ヒトを大事にできる訳がない。
自覚してようとしてまいと。
これは前世から俺のモットーであり、人を見る時に基準する要素の一つだ。
「わ、わ、わた、私と、いつかお出かけしませんか。そ、その、ゆっくりと、お、お食事にでも。」
噛みまくった挙句、最後は消えいるような声だった。
全力でお断りしたい。
こいつと上手くやっていくビジョンが見えてこない。
相手が女だろうと、結婚すれば身内である。
一方的に怒鳴りまくっている俺が、彼女を泣かせている図がハッキリと思い浮かぶ。
男として情けないのもあるが、どう見たって幸福な想像図ではない。
まぁ、別に幸せな結婚を求めている訳ではないのだが、出来れば不幸にはなりたくない。
不幸と言うやつがやってくるのは大抵理不尽なタイミングなのだが、こちらから態々飛び込む必要もないのだ。
が、俺には嫁がどうしても必要だ。
これは、どうしようもない。
そして、この女はこれでも他の令嬢に比べればまだマシな方ではある。
「いつかと言わず、明日にでも。私からお誘いしようと思っていたんですよ?」
言うと、シエーナの背後で執事は半泣き、メイドは満面の笑みと、なんか物凄い喜ばれてる。
そりゃそうだよな。
こんなん嫁にしようって貴族、他にいないよな。
社交の場に、まず連れていく事が出来ない正妻なんて、貴族にとって恥でしかない。
俺は、領地にひきこもらざるを得ない理由が山のようにあるので、割と好き勝手やってるが、普通はそうもいかないのだ。
ローラン伯爵家一同の苦労は容易に想像できた。
その苦労の原因であるシエーナは赤くなりながらも、笑顔になった。
彼女が、では、明日、と口を開いた瞬間、執事がストップをかけた。
準備があるので三日後にして欲しいとの事。
まぁ、別に良い。
王都でやらなきゃいくない事は、それなりにある。
王宮にも用事があるし、一月ほどは滞在するつもりなのだ。
その間に、何度かテキトーにデートして、さっさとプロポーズしてしまおう。
式はうちの領地でやれば良い。
やたらと喜んでるシエーナ一行を見送った俺は、もう次の仕事の事を考えていた。