ゴブリン注意報
領地持ちの侯爵ともなると、王都に行くだけでも仰々しい。
さぁ、出発、と赤虎馬を厩から出そうとしたら、使用人は馬車に乗ってくれと言う。
それが、貴族と言うものらしい。
この世界の馬車はやたら遅いし揺れるしで、俺は好きではない。
「他の貴族がする事など、知った事か。俺は馬で行くぞ。」
赤虎馬に鞍を乗せ、使用人がおろおろしてるのを無視して屋敷の門まで赤虎馬を駆けさせた。
鎧兜に身を固めたマンシュタインが仁王立ちしている。
「マンシュタイン、何も言うなよ。俺は馬で行くぞ。」
こういう時は、強気で行くのが一番である。
別に、誰に迷惑をかけるわけでもない我儘は、いつもこうやって押し通す事にしている。
マンシュタインも慣れたもので、ため息を一つついて、門の外に出た。
ポレス率いるエンリッヒ侯爵家騎士団、第一隊の重装騎士五百騎が整列している。
何度見ても、壮観だ。
白銀の甲冑と馬甲が、太陽の光で輝いている。
厨二心をくすぐられる。
ちなみに、第二隊は軽装騎士一千騎で、ラドマンが率いている。
第三隊は従士や元傭兵を集めた歩兵三千、第四隊は選考に漏れた者たちで編成された予備兵兼屯田兵、第五隊は戦えなくなった者達で編成された治安維持部隊である。
「旗を掲げよ。出発だ。」
低く、よく通るマンシュタインの声。
黒の旗が掲げられる。
俺は、赤虎馬の馬腹を蹴った。
マンシュタインと、いつの間にか傍にいたパウロが、ぴったりついてくる。
先触れがあったのか、マルガンダの大通りに人の気配はなかった。
渓谷を抜けるまで一月、渓谷に最近大量発生しているゴブリンの襲撃を受けるまでは、滞りなく進んだ。
今回は、馬車は用意していない。
村々に必要な物資を先に預けておいたので、馬車を連れていく必要がなかったのだ。
必要最低限のモノは馬に載せて運んだし、俺の身の回りの世話はパウロが率いる護衛達がやってくれた。
「しかし、鬱陶しいな。」
もう何度目になるか、数えるのがアホらしくなるゴブリンの襲撃。
飛竜がいなくなり、狩られていたゴブリンに天敵がいなくなった影響だと、キートスは分析している。
ゴブリンは、何処にでも住み着く。
そして、とにかく増える。
マンシュタインが育て上げた騎士団なら、ゴブリンが一千や二千いた所で、一方的に蹂躙できるのだが、移民達や行商人はそうもいかないだろう。
今のところ、一度にやってくるのは多くても二十匹ぐらいなので、腕の良い傭兵を五人ほど雇えばどうにでもなるが、これからもそうであるかはわからない。
「冒険者ギルドに依頼は出してあるのですが、ゴブリンは冒険者にとって旨味がありませんからな。」
マンシュタインも、うんざりした様子だ。
この世界の冒険者達は、討伐依頼を嫌う者が多い。
専門としている傭兵がいる事が大きいのだが、割に合わない事が多いのだ。
そんなものに時間を割くぐらいなら、調査や採取、遺跡探索の依頼の方が、確実に報酬が出るし安全である。
強力な魔物の希少な部位を剥ぎ取ってくれば、それなりの金貨にはなるが、素材でしかないため、よほどのモノでない限り高値はつかないし、そんなものを一つ二つ持って来られても、ギルドとしても販路に困る。
そもそも、冒険者達は、冒険がしたいのであって戦いたい訳ではない。
そういう奴は傭兵になる。
もちろん、自分の身を守る為に、ある程度武器や魔法を使えはするのだが。
「討伐依頼よりも、巣穴の調査に切り替えた方が良いかもなぁ。金は余計にかかるが。一度キートスに相談してみろ。」
何匹殺して来い、よりも、どこに何匹いるか探させる過程で、ゴブリンを少しでも駆除してもらおうという作戦である。
巣穴が見つかれば、騎士団を派遣するなり傭兵を雇うなりすれば良い。
そちらの方が、長期的に見れば金はかからないように思える。
「わかりました。しかし、ゴブリンに悩まされるとは。わからんもんですな。」
この世界最弱の魔物ゴブリン。
これから、長い付き合いになりそうだ。
渓谷の関所を抜けると、町ができていた。
うちの領地に出入りする商人や移民達、ボロ布を纏った難民や貧民が、ごった返す活気ある町だ。
こちら側は、三年でこれだけの町を築く底力と余裕がある。
大通りから眺めただけだが、屋台や食堂、様々な価格帯の宿、大きな商会の商館や倉庫、どれもうちの領民達には自力ではできない事だ。
「豊かだな。こちら側は。」
「そりゃぁ1300年と3年の違いですよ。キートスが言うには、後7年でマルガンダとローヌは大抵のとこには劣らない街になるそうですが。」
パウロは笑って、言った。
7年か。
俺は三十を過ぎ。フィリップは六十をいくつも越える。
「遠いな。上手く、想像できない。」
「7年なんて、あっという間ですよ。きっと。」
エルロンドは、十歳になる。
うちの領地を見て、なんと言うだろう。
なんとなく、気になった。
関所の町から更に半月、俺達は久々に王都の門を潜った。
五百の騎士達は二列縦隊になり、その間に先頭で俺、縦隊の先頭はマンシュタインとパウロで、俺の半馬身ほど後ろにぴたりと付いた。
エンリッヒ家の旗を掲げて、堂々と入城し、そのまま王宮に挨拶しに行って、屋敷に戻った。
王都の民は、見物こそしていたが、別に大層な反応はない。
まぁ、慣れてるんだろう。
屋敷ではフィリップと、サルムートが出迎えた。
心なしか、二人ともウキウキしているようだ。
うちでは久々の祝い事だしな。
俺の誕生日パーティ兼婚活パーティの準備は抜かりないそうで、王都に滞在している貴族達に招待状をばらまいた結果、およそ二百人ほど集まるそうな。
うち、俺の後妻候補は四十名。
二人とも、張り切り過ぎです。