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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
~第一章~ 開拓の始まり
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夢の鼓動。

「笑うと、エリーゼ様に瓜二つですな。」


しばらく、俺が泣き続けた為、やっとと言う感じでマンシュタインが息子を覗きこんだ。


瓜二つなどと言うものではない。


この子の中に、エリーゼがいるのだ。


「して、お名前は?三月もなんと呼べば良いかわからん、と他の者たちが申しておりましたが。」


「エルロンドだ。」


「おや、決まっていたのですか。」


決まっていた訳ではない。

この世界の歴史上の人物からとった。

五千年ほど前の、とある王朝の名臣の名だ。


「フィリップ。皆を集めておいてくれるか。」


エルロンドを、ベッドに戻し、向き直って言うと、フィリップは満面の笑みを浮かべ頷いた。

してやったり、という風に見えなくもないが、確かに、俺は救われるきっかけを掴んだ。

立ち直れるかはわからないが、前を向く事が、今ならできる。


「マンシュタイン、お前は俺について来い。パウロを、迎えに行く。」


もう一度、エルロンドの顔を覗きこむ。

俺の顔を見て、笑っていた。


ゲーリングが死んだ夜の事を、ふと思い出した。

俺のせいで、彼が死んだ、と俺が行った時、エリーゼは言ったのだ。


それは、彼に対してとても失礼だ、と。


エリーゼは、この子の為に、命を賭けた。

それに気づきながら、無下にするのは、エリーゼの意志に反する。

自分の命が長くない事を知っていたから、あんな事を言ったのかもしれない。

エリーゼに、この子を託された俺に、出来る事など知れているだろうが、やらねばならない。

何を犠牲にしてでも、力の限りを尽くさねばならない。


俺は、部屋を出た。

世界が、変わったように感じられた。



護衛の一人に案内させ、パウロの家の前に着くと、案内の護衛に手綱を任せ、俺はパウロの家に入った。

迎えたパウロの嫁は、そこそこに美人だ。

娘の方は、嫁に抱かれていて、おねむの時間らしい。


通された部屋に入ると、パウロが平伏していた。


「久しいな。パウロ。」


「お待ちしておりました。」


平伏したまま、パウロは言った。


「顔を、上げてくれ。」


顔を上げたパウロの顔が、青褪める。

まぁ、そりゃそうだ。

屋敷を出る前に、鏡を見たが、酷い顔だもんな。俺。

とんでもなく、不摂生な生活を三月も続けたんだし、自業自得だ。


「俺は、王都を離れる事にした。余りにも遅過ぎたかもしれんが、お前はついて来てくれるな?」


サルムートとハリー。

声はかけるつもりだが、愛想を尽かされたとしてもおかしくない事を俺はやった。

ダメならダメで諦める覚悟はしている。


「罰を頂戴致しましたら、喜んで。」


「そうか。なら、立て。」


素直に立ち上がったパウロの顔面に向かって、俺は渾身の力を込めて拳を振り抜いた。

パウロは、なんの抵抗をする事もなく、ぶっ飛んだ。


「これで、あいこだ。行くぞ、パウロ。」


立ち上がったパウロの顔は、鼻血を垂らしちょっと間抜けな感じに仕上がってしまったが、それでもニヤリと笑っていた。


あ、前歯が半分ほど欠けてる。

やり過ぎたか。


「どうでも良いが、パウロ。歯が折れとるぞ。」


突っ込まなくても良いのに、マンシュタインが突っ込んだ。

後で、魔法医に再生してもらう事で、許してもらった。

もちろん、費用はマンシュタインの給料から天引きである。



俺達が屋敷に戻ると、サルムートも丁度戻ってきていた。

門のところで、バッタリ会った。

なんでも、王国内で需要のある植物や、その加工品を調べる旅に出ていたそうだ。

偶然、帰ってきたらしい。


「ハリーは、どうした?」


「ハリー殿は、奥方を救えなかった、と深く自分を苛まれておられました。確か、今はヤドウィン様のもとにいらっしゃる筈です。呼んでも、帰って来ないと思いますよ。」


「あの阿呆め。」


マンシュタインが呻いた。

まぁ、元々、ハリーは俺の執事兼緊急時の医師的な存在だったからな。

割りとなんでも、そつなくこなすせいで色んな事させられてたが。


「やりたいように、やらせるしかないか。」


ハリーにとって、悪い事ではないだろうし。

正直、今のままでは、替えの効く人間でしかない。

切り捨てるつもりはないが、居場所がなくなっていくのは、見えてきていたのだ。


「アルマンド様、準備は整いました。」


出迎えに来たフィリップが、告げた。

ハリーは、彼の教え子でもある。

何も言わないのであれば、きっと間違いではないのだろう。



いつもの会議室で、俺は久々に家臣達の前に立った。

久しぶり、ではなく、懐かしい、と思ってしまうのは、きっと俺が遠くにいたせいだ。

散々、迷惑をかけた。


「すまなかった。」


俺は、まず最初に、頭を下げた。

社畜時代の華麗なる御辞儀は、健在である。


「よして下さい。貴族様が、家臣に頭を下げるなんて事、やっちゃいけない事ですよ。」


ラドマンだ。

ポレスも、ファーブルも、この場に揃っている。


「俺は、詫びねばならない事をした、と思っている。これで、水に流してくれとは言わん。だが、俺は独りではなにもできない人間だ。お前達のおかげで、俺は今ここに立つ事ができている。二度は言わない。今回だけだ。」


誰も、何も言わない。


「始めようか。フィリップ。」


言うと、フィリップが促してそれぞれの現状を、それぞれを管轄する者たちからの報告が始まった。


動かせる金が増えた事、渓谷ルートにドワーフ達が鳴竜の塔と呼ばれる竜避けの施設を作った事、領地にある村の畑が一気に広がった事、三月の間にあったのはそれぐらいだ。


「俺は、領地に行こうと思う。計画から、だいぶ遅れたが。」


「その方がよろしいかと。王宮が、なにを言ってくるか、わかりませんからな。」


そちらはそちらで色々あるのだろう。

そこは、フィリップとシュナに丸投げしている。


「旗が、いりますな。」


マンシュタインの呟きに、皆の視線が彼に集まった。


「エンリッヒ男爵家の旗は、日輪を仰ぐ獅子でしたが、王宮の扱いでは、我々はエンリッヒ侯爵家と言う新しい家を興した事になっております。視察ではなく、領主として領地に行かれるのならば、我らには旗がいる。」


ここで、会議は難航した。

なんせ、数字をいじったり、兵を動かしたり、物資を調達したりと色々できる事連中だが、絵心のあるやつは一人もいない。


揉めに揉めた後、きっかけを作ったのは、サルムートの一言だ。


「私達は、何を目指すのでしょうね。」


その一言に、皆が俺を見た。

俺は、始まりの時以外、一言も発言していない。


「王国の理想郷だ。王国の誰もが目指し、住む事を願う、そんな領地を、俺は作ってみたい。」


「曖昧ですな。」


言ったのはマンシュタインだ。


「領民達が食い切れない食べ物、子供達は大人になるまで働かなくてもいい、他所から人が来れば誰もが暖かく迎えいれる事ができる、国中の商人や冒険者が集まり、いつでもなんでも欲しいものが手にはいる。誰もが住まう事を願う、そんな領地だ。」


「これはまた、無理難題を。」


今度はキートスだ。

実現するとなれば、最も苦労するのは彼だろう。


「一代で、出来るとは思っていない。だが、俺は、この夢を追い求めてみたい。可能なのかすら、わからんが。」


「アルマンド様が、やると言うのであれば、我らは従うのみです。」


フィリップ。

そうだな。

お前は、いつもそうだ。


「麦、はどうでしょう。太陽の下に交差する三本の麦。」


呟いたのは、サルムートだ。


麦は王国の主食である。

収穫前の畑が連想させる黄金色から、紋章としては古来から豊かさの象徴として、この世界では扱われている。

また、太陽は王国を、すなわち国王を指す。

エンリッヒ男爵家は、建国王への忠誠第一とされ、貴族として家を興した。

新たに興すとは言え、太陽を外す訳にはいかない。


「それが良い。黒の布地に、金糸で描かせろ。」


俺の頭に、しっかりとイメージができる。


気に入った。


「王宮にも知らせておきます。おそらく、領地へ出発する前に儀式が行われるかと思いますので、そのおつもりで。」


最後に、フィリップが言って、会議は終わった。

それぞれが、それぞれの仕事に戻っていく。


以前より、活き活きとしているように見えた。

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