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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
~第一章~ 開拓の始まり
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絶望と。

エリーゼがいなくなって三月が過ぎた。


俺は、ほとんど部屋に閉じこもって過ごしていた。

時には、このままでは、と赤虎馬に乗って、王都の外の平原を駆けたりしたが、どうにもならない。

フィリップも、何も言わなかった。


その三月の間に、サルムートとハリーが屋敷を出て行った。

理由は聞かなかったし、フィリップも言わなかった。


パウロは、エリーゼがいなくなった日から、自宅で謹慎しているらしい。

俺に手をあげた事を、気に病んでのこと、とフィリップから聞いた。

俺が迎えに行かねばならないんだろうが、どうしてもその気になれない。


気後れとか、そういうものじゃない。

ただ、行く気になれないのだ。

理由は、どうでもいい。

やる気になれない。

それだけだ。


キートスは、俺の引きこもりで遅れている領地開拓計画の調整に忙殺されているそうだ。

サルムートがいなくなった穴は、マンシュタインの三男、ファーブルが昇格させられて埋めている。


そういった事の報告の為だけに、フィリップは一日に一度やってくる。

フィリップが話し、俺が頷き、フィリップは部屋を出て行く。


未だに子供とも顔を合わせていないし、ほとんど飯も食わず、余り眠れない日が続いているが、何も言わない。


その理由も、どうでもいい。


このままじゃダメだと言う事はわかってる。

考えるまでもなく、良くない。


だが、それがどうした、と言う気分になるのだ。


そして、夜、一人でベッドに腰かけ、独りで泣く。


何を考えている訳でもない。

ただ、毎晩、涙が流れる。


明け方に、少しまどろみ、朝が来て、エリーゼがいない一日が、また始まる。


その繰り返しだ。



そんな毎日を送っていたある日、いつもの報告に来たフィリップにマンシュタインがついて来た。


「久しいな。マンシュタイン。」


俺が微笑むと、マンシュタインは顔を強張らせた。

その顔が、すぐに無理やり作ったような笑顔に変わる。


「お久しぶりです。アルマンド様。エリーゼ様の事は、誠に」


「言うな。慰めの言葉など、聞き飽きた。」


言うと、マンシュタインは俯いた。


「アルマンド様。」


「なんだ。フィリップ。」


「今日こそ、お子様に会って、頂きます。」


しばらく、聞かなかった言葉だ。

それに、以前より強い言葉だ。

ここのところ、誰かと口を聞く事もなくなっていた。

フィリップの報告にも、無言で頷くだけだ。


「それは、できない。」


恐ろしいのだ。

その子を殺してしまいそうで。

理不尽な憎しみを、我が子に抱いてしまいそうで。


不甲斐ない俺を、どうしようもなく自覚させられそうで。


息子が、ただ恐ろしい。


「自分の子供と顔を合わせられぬ親がおりましょうか。いやだ、と言うならば叩きのめして、引きずってでも連れて行きます。」


びくっ、となるような怒鳴り声。

フィリップが、こんな声を上げるのは本当に珍しい。

恐怖よりも、懐かしさがあった。

子供の頃、こうやってよく怒られたものだ。


「そうか。」


俺は、苦笑して、腰を上げた。

いつもより、身体が軽い気がした。

誰かに怒られるのも、久しぶりだ。


「結構。マンシュタイン、おぬしも来ると良い。」


フィリップの先導で、部屋を出て、息子の部屋に向かう。

俺は、自分の息子がどの部屋にいるのかも知らなかった。


「こちらです。」


フィリップが、ドアを開けて、こちらを見る。

部屋に入ると、メイドが一人、乳母が一人、椅子に腰かけて雑談していた。


「貴様ら、旦那様がいらっしゃっていると言うのに、何をしておる。」


俺の背後から、低い背筋が凍るような声がする。

二人はこちらに気づき、慌てて立ち上がり、一礼した。


「お子様は、こちらです。」


フィリップが、俺達を無駄に大きなベビーベットの前に連れていく。


俺の息子は、眠っていた。


鼻は、エリーゼに似て小ぶりだ。

口元は、俺に似ている気がする。


観察は出来るが、身体は動かない。


「アルマンド様、抱いてみて下さい。」


フィリップが、真剣な目でこちらを見つめ、言った。


赤ん坊の抱き方など、知らない。


それなのに、自然と固まっていた手が動いた。


俺の腕の中に収まっても、息子は眠り続けている。


意外と、重い。


赤ん坊がゆっくりと目を開けた。


エリーゼの、眼だ。


青い瞳で、どちらかと言えば垂れ目。


視界が、滲む。


「あぁー。だー。」


瞬くと、息子は、笑った。


もう、涙を堪える事は、できなかった。


エリーゼがいた。


俺の、大好きなエリーゼの笑顔。


俺だけに向けられる、俺だけの笑顔。


息子を抱いたまま、俺はしばらく泣いていた。

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