葬儀の後で。
その後の記憶が、俺にはない。
気がついた時には、俺はエリーゼの棺の前に立っていた。
棺桶の中には、花が敷き詰められていて、エリーゼは微笑みを浮かべたまま、眠っていた。
使用人達が、棺に蓋をして、馬車に運び込む。
王都の、貴族達が眠る墓地に、埋められるのだ。
「アルマンド様。」
声をかけられて、振り向くとフィリップと魔法医の爺さんがいた。
その後ろには、オーガスタ神や他の家臣達もいる。
葬儀をしていたらしい。
「ヤドウィン殿が、エリーゼ様の事でお話ししたいと。」
フィリップが言うと、爺さんが頷いた。
ヤドウィンと言うらしい。
俺が頷くと、フィリップに先導されて応接間まで歩いた。
三人共、なにも言わない。
「飲み物は、いかがいたしましょう。」
「結構だ。」
ヤドウィンが言うと、フィリップはこちらに視線を送ってくる。
首を横に振ると、フィリップは静かにドアの横で控えた。
「奥方の事だか。」
「エリーゼは、もう逝ってしまった。何を今更。」
「すまない。俺の力不足だ。この年になっても、救えない命に接する度に、心が引き裂かれる。」
それが、どうした。
お前の事など、知った事か。
「だが、一度診た患者の事を、きちんと伝えるのは医師の義務だ。辛いかも知れんが、聞いてくれ。」
エリーゼの身体は、おそらくは十数年前からボロボロだった。
腑分けをしていないので、なんとも言えないそうだが、幾つかの臓器はまったく機能していない筈で、本来ならば病に侵されたまま、死んでいる筈だった。
「おそらく、彼女はとんでもない魔力量の持ち主だったんだろう。病に侵される事なく成長していれば、偉大な魔法使いになれたろうに。」
「それだけか。」
「もう一つ。これは仮説だが、奥方が産んだあの子供の事だ。おそらく、母親の魔力を受け継いでいる。いや、吸い取った、と言うべきか。」
どういう事だ。
俺とエリーゼの子供が、エリーゼを殺したのか。
「奥方の身体はとうの昔に、妊娠に耐えられる身体ではなかったんだ。だが、妊娠してしまった。魔力の変換について、詳しい事はよくわかってないんだが、母性がそうさせたのかも知れんな。子供だけはなんとしても守る、と言うのが母親、と言うものだ。」
「エリーゼは、妊娠しなければ、どれだけ生きられた?」
「わからん。だが長くもって、十年。いくら、とんでもない魔力を持っていたとしても、その辺が限度だろう。」
「そうか。」
「すまなかった。」
最後に、また謝って、ヤドウィンは出て行った。
本当に、医師の義務とやらを果たしに来ただけだったようだ。
「アルマンド様。」
しばらく、フィリップしかいない応接間で、ボーッとしていた。
特に、意味はない。
動く気に、どうしてもならなかっただけだ。
「お子様に、お会いにはならないのですか。」
無理だ。
ヤドウィンの話しを聞く限り、エリーゼを殺したのは俺と、その子供だ。
会う気にはなれない。
「いい。部屋に、戻る。」
言って、俺は重い身体を、なんとか椅子から離す。
立ち上がると、身体が浮いているような気がする。
「お食事は、いかがいたしましよう。」
「いらん。」
「いけません。昨日も、何も召し上がってらっしゃらないのですから」
「食欲がない。」
「何か、軽いものでも口にされませんと。」
「すまない。しばらく、一人にしてくれ。」
言って、俺は一人で寝室に戻った。
エリーゼと寝ていたベッドは、取り替えられていた。
それで良い。
エリーゼがいた、それを思い出す何かは、今はいらない。
今は、ただ逃げたい。
何も、見たくない。
何も、考えたくない。
俺は、ベッドに倒れ込んで、そのままじっとしていた。
眠れは、しなかった。