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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
~第一章~ 開拓の始まり
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エリーゼの出産

季節の変わり目には、外の匂いが変わる。

俺は、前世の子供の時から、そう思っていたが、口に出した事はない。


それは、その年で初めて秋の匂いがした日だった。


「アルマンド様。」


執務室で、書類の決裁をしていた時だ。

ハリーが、ノックもせずに飛び込んで来た。


「見苦しいぞ。ハリー。場を弁えよ。」


フィリップの叱責が飛ぶ。

まぁまぁ、良いじゃないか、と俺は思ってしまうのだが、ハリーはまだまだ若いし、フィリップは格別に力をいれて育てようとしているのだ。

厳しくしてしまうのも、愛情なのだろう。


「申し訳ありません。ですが」


「ですが、とはなんだ。」


「よせ、フィリップ。余程の急ぎの用だろう。ハリー、どうした。」


「はっ。エリーゼ様が、産気づきました。」


聞いた瞬間、羽ペンを放り出し、ハリーを押しのけて部屋を飛び出た。

待ちに待った日だ。

俺が領地に行く前から医者を雇ってエリーゼに付けていたし、経験豊富なばぁさんもフィリップに言って探して来てもらった。

この世界の医術は、前世と比べれば非常にレベルが低いのだが、それでも王族や貴族の出産ともなれば、死亡率は極端に低い。


それでも、仕事なんぞしている場合ではない。


寝室の前に着くと、使用人達が出たり入ったりと慌ただしい。


「子供は、産まれたか?男?女?」


メイドを一人捕まえて聞いてみた。


「まだ産気づかれたばかりですよ。まだまだこれからです。」


と、苦笑されてしまった。

が、冷静ではいられない。


「何か、俺に何かできる事はないか?」


別のメイドを捕まえて聞いてみた。


「ありません。椅子を運ばせますので、ここで大人しく待っていて下さい。」


オタオタしている俺が鬱陶しいと言わんばかりの顔だった。

まぁ、そうだよな。


しばらくすると、パウロが長椅子を運んできた。

二人で腰掛ける。


「メイドが、邪魔だと言ってましたよ。こういう時、男は何もできませんから、静かに待ちましょう。」


こいつも苦笑している。

そういや、パウロは去年子供が産まれたばかりだったか。


「お前の時は、どうだった?」


「アルマンド様の時より酷かったですよ。無理矢理、部屋に入ろうとして医者と嫁にどやされました。」


こいつもたいがいだな。


「アルマンド様、お隣、よろしいですかな?」


フィリップが、声をかけてきた。

多分、書類をキートスの所に持って行ってたんだろう。

キートスには悪いが、今日だけは仕方ない。


「珍しいな。お前が隣に座るってのは。」


俺が言うと、フィリップは気まずそうに笑った。


「今日ばかりは、私も落ち着いてはおられません。」


言って、フィリップは俺の隣に腰を降ろした。

男三人、廊下の長椅子に並んで座っている。

三人とも、そわそわして、しかし誰も口を聞かない。

絵にならないだろうが、今日ばかりは仕方ない。


どれほど時が経ったのだろう。


ドアが開いて、メイドが顔を出した。


「お産が始まりました。」


すぐにドアが閉まり。腰を下ろした。

腰を下ろしてから、立ち上がった事に気づいた。


また、沈黙の時間が訪れる。

聞こえるのは、エリーゼの微かな呻き声と、メイドと医者の声だけだ。


酷く、時間の流れが遅く感じられた。


何度もハンカチで手を拭う

拭っても拭っても、じとりと湿ってくる。

それが、酷く気になる。


パウロは、腕を組んでジッとしている。


フィリップは、行儀良く座っているが、目を閉じて俯いていた。


俺は意味もなくキョロキョロしてみたり、立ち上がってはうろうろし、また座っては立ち上がった。


気がつくと、日が傾いて、屋敷の中が赤を帯びている。


まだか。


何千回目かにそう思った時。


突然、赤ん坊の泣き声が聞こえた。


「アルマンド様。」


フィリップ。

声が震えている。

俺の声は、掠れて声にならない。


ドアが、開いた。


「おめでとうございます。男の子です。」


俺は、父親になった。

待ちに待った日だ。

俺とエリーゼ、ただ二人だけの子供だ。


いつの間にか、三人共立ち上がっていた。


「おめでとうございます。アルマンド様。」


パウロが、俺の手を握った。


湿った手の平だ。


「アルマンド様、エリーゼ様が。」


疲れきったような顔で、メイドがもう一人、ドアから出てきた。

なんだ、俺にキスして欲しいとでも言っているのか。

エリーゼはご褒美が大好きだからな。

いくらでも、してやりたい。

それはもう、周りがうんざりするぐらいに。


「エリーゼ様の、息がありません。」


俺の頭は、真っ白になった。

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