侯爵様のお帰り。
対談を無事終え、俺達は王都に戻ってきた。
ラドマンは、対談が終わると再び渓谷に入っていった。
あいつからはバトルマニアの臭いがする。
父親は割と大人しいんだが、なんであんなんになったんだろう。
それはさておき、麦畑は収穫が終わって丸坊主になっていた。
少し、物悲しい。
農民達は、麦の製粉に忙しいらしく、風車塔にせっせと麦を運んでいた。
遠くから見ると、人が蟻のようだ。
城門を潜り、大通りを抜け、屋敷に戻る。
収穫祭は、これからなのだろう。
人が多かった。
「おかえりなさいませ。アルマンド様。」
屋敷の門の前で、中央にハリー、両側にメイドと使用人がずらりと並んで、一斉にお辞儀する。
正直、恥ずかしい。
と言うか、他にもやらなきゃいけない仕事があるだろ。
「ハリー、帰って来たぐらいで、こんな大袈裟にする事はないだろう。」
「屋敷の主人、それも侯爵のお帰りならば、このぐらいは当然かと。」
「やめてくれ。無駄だ。そういった客がいる時は仕方ないにしても、俺だけの時はしなくて良い。」
馬を降りて言うと、ハリーはやや不満気な顔をしながらも頷いた。
背中から、殺気を感じる。
俺に向けられたモノではない。
熟練の執事にとって、主人の考えは神のお告げに等しい。
うちの筆頭家臣殿は、ハリーの態度がご不満なようだ。
まぁ、この後ハリーに何が待ってようと俺には関係ない。
知らぬふりをして、馬の手綱を使用人に手渡し、エリーゼにただいまのキスをしに行く。
最初、身重の身体でついて来ようとしたのだが、必死に宥めたのだ。
寝室のドアを開けると、エリーゼはベットで寝ていた。
起こさないように、そろりと近寄り、額にキスをする。
「ただいま。」
言って、俺は言葉を失った。
エリーゼの肌が、透き通るように白い。
まるで、死んでいるような、そんな白さだ。
ナヴァレの笑みが頭に蘇る。
血の気がひいていくのが、わかった。
「ん、アル?」
もぞもぞと、エリーゼが動き出す。
「おかえり。」
エリーゼは寝ぼけてるのか、左目だけ薄っすらと開けて微笑んだ。
あぁ、俺は彼女のこの顔を見る為に、帰ってきた。
「ただいま。エリーゼ。」
もう一度、今度は唇に、キスをする。
エリーゼの唇は、柔らかく、暖かい。
俺は、王都に帰ってきた。