ドワーフの長
渓谷を抜けて、北に更に一日。
山脈の麓に、ポツンと小屋があった。
そこが、ドワーフの長との会合場所である。
互いに、長だけ、二人きりで話しをする約束だ。
一人で小屋に入ると、いかにもドワーフ、と言うおっさんが椅子から腰を上げて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。ドルーアン一族の族長を務めております、ムフェトと申します。」
職人気質の、気難しい爺が出てくるかと思えば、えらく腰の低い爺さんである。
ドワーフと言う種族に、それほど幻想を抱いていたわけでもないが、なんというか。
ただのチビの髭おっさんだ。
だが、目が笑ってない。
あと、酒臭い。
「カイスト王国侯爵、アルマンド・エンリッヒだ。元は奴隷だった男だ。かしこまる事もないだろう。俺は、そんな上辺の言葉でどうこうするつもりはないんでな。」
ムファトは、ニヤリと笑い、長椅子に腰を降ろした。
卓はない。
俺も、向かい合う形で腰を降ろす。
「うむ。どんな若造が来るかと思えば、中々良い度胸してるじゃねぇか。」
「どうも。早速だが、話しの詰めに入りたいんだがな。」
「気の早いこって。」
「俺は、同じ事を二度言うのは嫌いでね。」
「ふん。まぁ、良い。何が欲しい。」
「竜対策の技術、山師、鍛冶屋、宝石職人、建築士、それぞれ二十名は欲しい。」
「またえらい数だな。対価は用意してるんだろうな。」
「手付けとして、一級品の酒を五十樽用意した。他は、正直思いつかんかったんでな。そちらの要望を聞きたい。」
「まず、八十もこっちは出せん。せいぜい三十だな。報酬はあんたらの金貨をもらっても、こっちは仕方ない。魔道具を寄越せ。」
魔道具。
多くの製法がロストしている、古代文明の遺産である。
その種類、用途は多岐に渡り、押し並べて非常に高価なモノだ。
貴族でも、所有している家は限られる。
「モノによる。手に入るモノなら、用意しよう。」
「魔法剣が欲しい。一振りで良い。」
「わかった。三日後、此処に持ってこさせる。」
言うと、ムファトは目を見開いた。
まぁ、そりゃそうだ。
魔法剣と言えば、オモチャ程度の代物でも白金貨一枚からが相場で、そんなものでも金があれば手にはいる、と言うモノでもない。
だが、俺はそれを持っている。
いや、正確に言えば、最近買ったのだ。
その魔法剣は、王国各地に散逸したエンリッヒの家宝の一つだ。
買い戻して来たのは、シュナである。
おそらく、彼らが欲しがるものを事前に調べてきていたのだろう。
いつ使うかわからないような宝物より、今は人が必要なのだ。
俺は、ほとんど考える事なく、了承した。
「えらく気前が良いな。侯爵さんは。」
「アルマンドだ。気前もクソも、こっちは生きるか死ぬかがかかってるんだ。剣一振りで、多くの命が買えるんなら安いもんだよ。」
言うと、ムファトは苦笑で返してきた。
「こちらに来る連中は、うちで召し抱える事になる。それだけは、徹底してくれ。」
「あぁ、そりゃ大丈夫だ。」
「俺が言っときたい事は以上だ。」
言うと、ムファトは苦笑した。
「アルマンド、お前、いつもそんなんなのか?」
「さぁ、な。」
「ふむ。フィリップに聞いてはいたが、ここまで、か。」
「なんの事だ。」
「いや、良い。」
俺は首をかしげ、じゃぁな、と言い残して小屋を出た。
とぼけて見せたが、ムファトが言いたい事はわかる。
俺は、小屋に入ってから出て行くまで、笑顔どころか、一切無表情だった。
家臣達の前では、最近色んな表情を作る癖がついたが、他所の人の前では中々上手くいかない。
十五年間の習性は、中々抜けないのだ。
まぁ、仕方ない。いずれ、治るだろう。
俺は、ダルトンに手配を命じて、赤虎馬に跨った。
早く、屋敷に帰りたい。
エリーゼが、恋しくなっていた。