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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
~第一章~ 開拓の始まり
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ナヴァレの死。

ナヴァレは、渓谷を抜ける前日から水すら口しなくなった。

こちらの問いかけにも、殆どの場合、微かに頷くか首を振るだけで応えている。

旅が始まってから、サルムートとダルトンは、時々ナヴァレと話しをしてしたようだが、俺は殆ど話す事はなかった。


「アルマンド様、ナヴァレが、呼んでおりますが。」


フィリップが、天幕に入って来て言った。

渓谷を抜けてすぐに日が暮れたので、野営する事にしたのだ。

マンシュタインは、渓谷を抜けて真っ直ぐ西に進んだ所に拠点を築いている。

明日の遅くても昼前には、辿り着けるだろう。


「わかった。すぐ行く。」


俺は、すぐに上着を羽織ってナヴァレの馬車に向かった。

寝間着だけじゃぁ流石にマズかろう。


「お呼び立てして、すみませんな。」


馬車で横になっているナヴァレが、掠れた声で詫びた。

唇はひび割れて、顔の皺も深い。

肌の色も土気色で、蝋燭の頼りない灯りが、それらを一層強調していた。


だが、相変わらず目だけが、意志の光を放っている。


正直、ここまでもっているのが、信じられない。


「元気そうじゃないか。」


俺は、あえて言ってみた。

言った事をすぐ後悔したが、ナヴァレはひび割れた唇で、薄く笑った。


「決めた、事ですから。」


俺は、何も言えなかった。

決めた事、要は意思の力か。

そんなもので、死を押し退ける事ができるのか。

そんな事が、人に可能なのか。


どうでもいい事が、頭を巡る。

もっと、大事な事がある。

それも、目の前に。


わかっているのに、頭が働かない。

ナヴァレの目は、意思を宿したまま、こちらを見つめていた。

俺は、目を逸らす事ができない。

ふと恐ろしくなるような、そんな目だった。


「私は、明日、死ぬ事にします。」


しばらく見つめあった後、ナヴァレは薄く笑ったまま、そう言った。




翌日、予定通り、昼前にマンシュタインの拠点に辿り着いた。

渓谷から真西、小高い丘を越えた麓に、村があった。

マンシュタインが、心血を注いで作り上げた村だ。


王都はもちろん、途中に寄った街にさえ、比べる事すらできないほど、みすぼらしい村だ。

北に牧場が、東から南には畑が広がっているが、どこか色褪せて見えた。

その向こう側に、地平まで広がる青々しい草原の方が、遥かに美しい。


「アルマンド様。」


村を見降ろしていると、フィリップが馬を寄せてきた。


「ナヴァレが、もう死ぬ、と。最期に、アルマンド様とお話ししたいそうです。」


俺は、一度目を閉じ、馬を降りた。

なんとなく、ナヴァレは馬車の中では死なない気がしたのだ。


ナヴァレは、担架に乗せられて、使用人に運ばれてきた。

首を横に向けて、村を見下ろしている。


「貴方の、村、ですな。」


「あぁ。」


「良い、村だ。」


「そうだ。良い村だ。ちょっとばかり、みすぼらしいが。」


「貴方の、夢に、似ている。頼りなく、中身のない、ただ広く、希望だけがある、そんな夢に。」


「やかましいわ。あとな、俺は夢なんか持っちゃいない。侯爵になってしまった。人一人も住んでいない領地を与えられた。王都にも長居していられない。俺は、やるしかないから、やっているだけだ。」


「はて、嘘、か。いや、無自覚、なのかも、知れませんな。」


「ないな。そんな綺麗なもんを持てるような人生を、俺は送って来なかった。家臣達や領民をきちんと食わせる事が出来れば、それで良い。」


「夢は、美しい、ですか。」


「あぁ、美しいな。眩しいぐらいだ。」


「私には、見えます。」


「なにがだ。」


「貴方が、この土地で、悩む姿が。民を、想う心が。」


俺は、言い返そうとして、息を呑んだ。


ナヴァレが、逝こうとしている。


それが、はっきりとわかったからだ。


「死ぬのか。ナヴァレ。」


ナヴァレは、応えなかった。

目を開いたまま、薄く笑みを浮かべ、ナヴァレは逝った。



俺の生涯で、最も付き合いが短く、最も強く影響を与えた家臣の死だった。

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