ナヴァレの未練。
彼の息子達は、対談の翌日にうちにやってきて、ダルトンの下で働く事になった。
初日から、優秀と言って良い能力を発揮しているそうだ。
ナヴァレのお眼鏡に叶わなかっただけで、それなりに優秀な人材ではあるらしい。
一方、ナヴァレは魔力が枯渇して倒れるまで、ニュートン商会の解体と資産の分配に務めた。
資産の分配については揉めに揉めたようだが、最終的にナヴァレは思うとおりにやり通したようだ。
人情も何もなく、これからの成長の為に必要な資産を振り分け、息子達には一切の分配をしなかった。
「調子はどうだ。ナヴァレ。」
それらの仕事をやりきった後、ナヴァレは倒れた。
俺は、毎日見舞う事にしている。
この男の最期を見届けたいと、何故か思ったのだ。
魔法医曰く、もういつ死んでもおかしくなく、むしろ今生きているのが不思議な程らしい。
「良くも悪くもありませんな。」
渇いた唇を動かして、ナヴァレが応える。
弱々しい声だ。
いつも笑う事のなかった茶色の瞳だけが、気力を失っていない。
「中々くたばらないから、魔法医が驚いていたよ。」
言うと、ナヴァレは薄く笑った。
「この世に未練がなさ過ぎましてな。お迎えも、戸惑っているのでしょう。」
「俺は、お前が死んだら一度領地に行こうと思っている。きっと、お前が未練を残しそうなもんが、たくさんあるぞ。」
「ほう。」
「俺はな、ナヴァレ。こう見えて古代遺跡に詳しいんだ。多分、いくつか大きな遺跡を掘り当てられると思うよ。」
「大きな、商売になりそうですな。」
「あぁ、きっとそうなる。それに、うちの領地にら幾つか有力な鉱脈もある。流石にミスリルの鉱脈はなさそうだが。」
「それは、結構。」
「まったくだ。順調に行けば、俺の領地は王国でも一番豊かな土地になる。俺の一生使っても、開拓しきれるかわからないが。」
「夢、ですな。」
そんな、綺麗なもんじゃない。
俺には、それしかする事がないのだ。
このまま王都に居続けたところで、親父の二の舞になるのは、わかりきっている。
「お前には、夢はないのか。」
「どうでしょうな。そんな事を、若い頃に考えた気もしますが。」
「おい、こんな時まではぐらかすな。」
言うと、ナヴァレは苦笑した。
「本当に、わからないのです。若い頃に思い描いた事を実現した筈なのに、実現してしまうと、急に色褪せてしまいましてな。本当にこんなモノが欲しかったのかと、自問する日々でした。」
そう言ったナヴァレの顔は、くたびれた老人の顔だった。
覇気の欠片もない。
目だけが、意思の力を失っていなかった。
俺たちは、しばらく無言で過ごした。
「たった今一つだけ、未練ができました。」
「なんだ。言ってみろ。」
「私も、貴方の領地を見てみたい。ただ一つの集落があるだけの、広大過ぎる貴方の領地を。」
それは、無理だろう。
多分、そこまでナヴァレはもたない。
だが、断れなかった。
こいつはいつも、断りにくい要求をしてくる。
死にかけの老人に頼まれて、突っぱねられるほど、俺は冷徹にはなれない。
俺は、頷きナヴァレの部屋を出て、フィリップに旅の支度を命じた。