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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
~第一章~ 開拓の始まり
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狸爺再び。

さて、ナヴァレとの対談当日、俺はちょっとだけ緊張していた。


なんだかんだで会うのは二度目なのだが、相手はナヴァレ・ニュートンである。


とにかく、ナヴァレ・ニュートンなのだ。


しつこいようだが、やつは本当に油断ならない。

国王陛下からの狩りのお誘いさえ、仮病を使ってズル休みする俺だが、こいつにだけは通用する気がしない。

なんと言うか、本能的にこいつが嫌いで苦手なのだ。


そんな訳で、俺は朝からちょっとピリピリしながら、狸が来るのを待っていた。

心なしか、使用人達も緊張しているように見える。


「ナヴァレ殿がお見えになりました。」


ハリーがやってきて、俺に告げる。

俺は応接間に通すように言って、屋敷と使用人の最終チェックをしていたフィリップを呼んだ。


「狸が来たぞ。」


「その苦り切った顔を、彼の前でなされませんよう。」


「わかってる。だから、今の内に思う存分やっとく。」


俺の言葉にフィリップは苦笑したが、咎める事はしなかった。

俺が彼を嫌っているのは、嫌になるほど知ってるからな。


そんなこんなで、ナヴァレの待つ応接間に入った。


ナヴァレは立ち上がり、恭しく礼をすると、あの目だけ笑ってない笑顔をこちらに向けた。


「御無沙汰しております。エンリッヒ卿。」


「あぁ、久しいな。元気そうで、何よりだ。」


「ありがとうございます。最近は当商会の武具をよくお買い上げ頂いているようで、今後ともよろしくお願いしたく、挨拶に参上致しました。」


よく言うわ。


あれは公爵家取り潰しの際の契約に沿った取引だ。

契約の期限は一年なので、もうすぐ失効する。

継続して取り引きして欲しいが為の挨拶た言えば聞こえは良いが、元々武具を扱っていた大商会である。

今もメインの商品は武具であり、そこらの商会では太刀打ちできない量と品質と価格で売り出しているのだ。


これから更に必要な物資が増えるうちには、何も言われなくとも武具に関してはニュートン商会以外の選択肢がない。


「武具の扱いにかけては、カイスト王国一の商会だからな。もとより、そのつもりだよ。こちらこそ、今後ともよろしく頼む。」


ここら辺が無難な所だろう。


そして、また何か言おうとしたナヴァレを俺は手で制した。


「建前はこの辺で良いだろう。さっさと用件を聞こう。本当の、用件を。」


言うとナヴァレは顔に笑顔を貼り付けたまま、目を細めた。

鋭い眼光が、百戦錬磨の商人の風格を表していた。

やはり、こいつは危険過ぎる。


「やはり、私が見込んだ方だ。そこらのボンクラとは違いますな。」


ナヴァレの声は、腹に響いた。

こんな声を、俺は前世で一度だけ聞いた事がある。

かつて、とんでもない業績をあげた営業マンで、俺がその会社に入社した時はとある地域の支部長だった、31歳の男の声だ。

彼とナヴァレは年齢も経歴も住んでいる世界も違うが、声は似ている。


「一介の商人が大きく出たな。まぁ、今回は聞き逃しておこうか。」


ナヴァレは王宮にも出入りする商人である。

ボンクラが何を指すかは、明らかだ。


「これは、ありがとうございます。」


言って軽く頭を下げ、用件を口にした。


至極単純で、しかしこれほど厄介な要件はなかった。


曰く、ニュートン商会を解散するので、家族共々、家臣の端に加えて欲しい、との事。


これには俺もフィリップも驚いた。


まったく予想していなかったのだ。


いや、無理だろ。


人生の大半を賭けてデカくした、それも現在進行形で大成功してる会社潰して、他所の会社で平社員から始めるって事だぜ?


余りの提案に空いた口が塞がらない。


「即答しかねるのはよくわかります。私がそちらの立場であれば、そうなるでしょうからな。」


それから、ナヴァレはうちに仕えたい理由を述べてきた。


まず、前に俺を訪ねてから一月したあたりで、自分が病に侵されている事が発覚したそうだ。

わかった時にはもう手遅れで、すぐに歩く事すらままならなくなったそうな。

今は魔力が体力に変換されているから、こうして普通にしていられるが、余命は一月もないらしい。


二つ目に息子達の事だ。

彼には息子が三人いて、それぞれ家業を手伝っているが、今のニュートン商会を維持する程の才覚は持っていない。

更に、王国は建国以来北方の遊牧民と南方の王国との間で、ずっと小競り合いを続けている。

武具の需要が小さくなる事はなかったのだが、つい最近、北方の遊牧民との間で秘密裏にに長期の停戦条約が結ばれたらしい。

他にも多くの商品を扱っているとは言え、メイン商品である武具の需要が落ちるのは明らかであり、自分が生きていても商会の維持が困難な状況が待っているのに、息子達ではほぼ不可能であると判断したそうだ。


三つ目に、エンリッヒ家の勢いだ。

カイスト王国建国から1300年。

武力で大きくなったカイスト王国には周囲が敵だらけであった事、他の王国に比べて貴族が多く財政を圧迫している事、西部以外にも金鉱山をはじめとする豊富な鉱物資源と、広大な平野が広がる王国領には、もっと優先順位が高い開拓地があった事等を差し引いても、エンリッヒ家には、未だかつて誰も成し遂げていない事を成し遂げかけている勢いがある。

その勢いに、ナヴァレは息子達の将来を賭けたのだ。


「話しはわかったが、話しが話しだけに即答しかねる。一度、こちらに三人を預けてくれ。使えるようなら、一族を含めて面倒を見よう。」


「無理を承知でお願いしますが、この場で即答して頂く。事が事でありますし、私には最早時間がありませんので。」


まぁ、そりゃそうか。

下手打てば王国の経済が傾く程度にニュートン商会はでかい商会である。

雇っている人間も、末端まで含めればうちの何倍も多い筈だ。


その始末に、彼は余命を使うつもりなのだろう。


最早、狷介な商人の仮面など、かなぐり捨てていた。


一瞬、嘘かどうか疑ったが、あり得ない。

こんな嘘をついたところで、なんのメリットもない。

それに、よく見れば彼の魔力は非常に弱々しく、今にも消え去りそうだ。


「わかった。お前とお前の息子は当家で召し抱えよう。フィリップ、ハリーを呼んで家中の者に知らせろ。」


ほとんど、何も考えずに言っていた。


フィリップは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに一礼して、出て行った。


「ありがとうごさいます。」


ナヴァレが深々と頭を下げる。


「礼を言われる事ではない。」


言ったが、ナヴァレはいつまでも頭を上げなかった。

正直に言おう。


どこまでも気に入らない爺である。

これで、彼との決着が着く事はなくなった。

負けっ放しだったような気もするが、最早どうでもいい。


ナヴァレは、もうすぐ死ぬのだ。


これ以上ないと言うほど、自分勝手な死に方で。


本当に、どこまでも、気に入らない爺だ。

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