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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
~第一章~ 開拓の始まり
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侯爵と忍び

エリーゼの妊娠がわかってから、三ヶ月が過ぎた。

お腹は膨らみが目立ち、エリーゼは母親の顔をするようになった。

いつも、と言う訳ではないのだが、なんというか、時折慈愛に満ちた顔になるのだ。

経過は順調だそうだが、エリーゼは屋敷の中をうろつく事はしていない。

妊娠がわかってから、ずっとだ。

つわりはそれほど酷くなかったのだが、疲れやすくなったそうだ。

医者に、よくある事なので心配いらないと言われたが、俺は事ある毎に何かと世話を焼き、フィリップやハリーに苦笑された。


領地の方も順調である。

拠点周辺に生息する強力な魔物をだいたい狩り終え、安全を確保し、最近は家畜を飼い始めたそうだ。

あの一帯は平野が広がっているので、畑や牧場を作るのに適した土地はいくらでもある。

一応、計画に沿って作っているので、作り放題と言う訳にはいかないが。


俺は、子供が産まれる前に一度自分の領地を見てみたいと思っている。

別に理由はない。

強いて理由を挙げるなら、マンシュタインに会いたいと言う事ぐらいか。


もう一年近く顔を合わせてないしな。


ドワーフとの交渉は、フィリップとハリーが交代で行っていて、そろそろ話しがまとまりそうだ。

一度は俺が出る必要があり、今はその時期を見定めている段階である。

ハリーが揃えたウイスキーはまだ渡してない。

全て五十年ものの最高級ウイスキーで、五十樽ある。

これも、最も効果的なタイミングを見定めている為、うちの蔵で眠っている。


そんなある日


「アルマンド様、ニュートン商会の会長から、お会いしたいとの便りが来ております。」


ナヴァレの狸爺か。

今度はきちんとアポを取りに来ているあたり、前とは違ってこちらを試す意図はないんだろうが、会って愉快な人物じゃない。


正直に言うと、嫌いな人種である。


「断る訳にはいかない、か。」


「ええ。お会いした方がよろしいかと。少々癖がありますが、実に優秀な商人であります故。」


呟いただけだったのだが、フィリップが応えた。

普段、フィリップは俺の独り言に応える事はほとんどしない。

それだけ、彼はナヴァレの事を買っているのだろう。

前に、推薦状も書いたぐらいだしな。


「わかった。会おう。四日後の昼前で良いだろう。確か、予定はなかった筈だ。」


一応、俺は侯爵である。

貴族社会では、どうしても断れない事柄も割とあるのだ。

例えば国王陛下が狩りに行きたい、なんて言い出すとその御供に役職に就いてない公爵や侯爵は、間違いなく駆り出される。

他にもパーティとまではいかないが、貴族同士で何人か集まって遊びに行ったり、飲みに行ったりする事もある。

フィリップが王国を駆けずり回っている間は、俺じゃないとどうしてもダメな場合以外、ハリーを代理にして行かせたり、仮病使ったりして極力参加しなかったのだが、フィリップは俺に行かせたがる。

曰く、他の貴族と仲良くなって損する事はないそうだ。


俺はただめんどくさいだけなんだがな。


そんな訳で、最近の俺は前にも増して忙しいのだ。

指定した四日後の日時の後は、王宮で宰相や高位の貴族達との会食の予定が入っている。


「かしこまりました。そのように取り計らいます。」


さて、ナヴァレの目的はなんだろうか。

あの狸を相手にする時は、まず事前準備、本番は片時も気を抜かない、終わってからも本番内容の検証をしてアフターケアを怠ってはいけない。

どこでどんな手を打ってくるのかわからない男、それがナヴァレ・ニュートンと言う男だ。


前にやつが訪問してきた後、俺はシュナにやつの事を調べさせたのだ。


時に大胆過ぎる正攻法で、時に王宮貴族も真っ青な手管でニュートン商会を王国屈指の商会に育てあげた手腕は驚嘆に値する。


俺は前世では根っからの企業戦士、いや企業奴隷サラリーマンである。

それも、営業畑一筋に四年間、

まだまだひよっこだったが、それでもナヴァレが油断できない相手である事はよくわかる。


俺は、シュナを呼んだ。

鈴を鳴らす訳でも、手を打つ訳でもない。

左手の中指に、大粒のサファイアを嵌め込んだ指輪をして、屋敷をぶらつく。

そして、執務室に入ると、シュナかその手の者が待っている。

俺とフィリップ、そしてシュナの一党だけが知る合図だ。


「お呼びで。」


相変わらず特徴のない顔だ。


「ナヴァレの目的を探ってくれ。費用はいくらかかっても良いが、無理はするな。」


言うと、フィリップが金貨が入った袋を卓に置いた。

これが、シュナと他の家臣達との最大の違いである。


彼等は決まった給料を受け取らない。

仕事を依頼する度に、必要な経費と報酬を前払いで支払うのだ。

厳密には家臣とは言えないと思うのだが、シュナは俺が主君だと言い張る。


「御意。」


そう言って、シュナは部屋を出て行った。

前にすぐ扉を開けてみたのだが、シュナはどこかに姿を消していた。


ついでに、金貨の袋もいつの間にか消えている。


毎度の事なので、流石にもう慣れたのだが、最初の頃は気味が悪くて仕方なかった。

ともあれ、これで多少なりともナヴァレの動向が掴める筈である。


それから三日間、俺はまたエリーゼに世話を焼いたり、サルムートの様子を見に行ったり、従士達の訓練に参加してパウロに怒られたり、厨房で和食の再現ができないか四苦八苦したりして過ごした。


エリーゼの世話はいつもの事で、フィリップに苦笑されるのもいつもの事だ。


サルムートは期待した以上によくやっていて、屋敷で出てくる料理も同じモノなのに以前より美味しく頂けた。

権限を利用して、屋敷の庭で家庭菜園を始めたようだが、キートスに発見される前に俺が許可を出しといた。

元庭師だし、土いじりが好きなんだろう。


従士達の訓練だが、俺は馬術にはちょっとした自信がある。

なので、複雑な行軍訓練なんかに、たまにこっそり参加して技術の研鑽に務めているのだ。

家臣に見つかると侯爵家の当主には必要ないとか言われて、ドヤされるんだが。

ちなみに、デープインパクトはうちに戻ってきている。

ただ、もう老い始めていて、今後は種馬として余生を過ごす事になりそうだ。

今乗っているのは、引きこもりの俺が珍しく自ら市場に出かけて選んだ馬だ。

少々気が荒いが、若くて馬体が他の馬より一回り大きく、実に速く良く駆ける。

「赤虎馬」と名付けた。

別に赤くないんだが。


料理の方は完全に趣味だ。

前世から、俺は自炊派だ。

二十年以上、料理をしていなかったので、妊娠する前のエリーゼと厨房に立ってから、たまに作ってる。

本格的な和食を作るには、醤油や味噌はおろか、みりんやかつお節や干し昆布なんかも、この世界には存在しないので不可能に近い。

せいぜい、アサリっぽい貝と塩でお吸い物を作るぐらいだが、懐かしい味に思わずホロリとする。

領地経営に余裕が出来たら、味噌作りぐらいは出来るかも知れない。

作り方なんかほとんど知らないけどな。

大豆を使うぐらいは知ってるが。


え?めちゃくちゃ暇そうだって?


いや、ほら。


あのナヴァレと対峙するんだぜ?


ちょっとぐらい我儘言って息抜きしても良いじゃん。


予定を全部キャンセルして、フィリップが王都を駆けずり回ったのは、内緒だ。



さて、そんなこんなでナヴァレとの対談、前日である。

サファイアの指輪を嵌めて執務室に入ると、シュナが挨拶もそこそこに報告を始めた。


かなり前になるが、ニュートン商会が、ラフィット家の御用商会であるダルマイヤック商会に多額の融資をした事。


元々の得意分野である武具を、王国の市場と言う市場に流し込んで、価格を下げている事。


ハリーが調達してきた最高級ウイスキーを、わざわざ買い集めた上で、王都やその周辺に拠点を持つ商人達に売却した事。


要約するとこんな感じだ。


なんだこりゃ。


明らかにこっちの情報を掴んでご機嫌を取りに来ている。

それ以外の意図が読めない。

あの狸の気が狂ったのであれば、万々歳だが、こんな露骨にやってくるのはどう考えても怪しい。


「他に、何か動きはなかったか。なんでも良い。どんな細かい事でも、なんでも良いんだ。」


言うと、シュナは珍しく困惑を顔に浮かべた。


「正直に申し上げて、これ以上は探れません。向こうも相当な手練れを雇った様子。この三点は意図的に流したモノと思われますが、全て事実である証拠は掴んでおります。」


うへぇ。


完全に先読みされてるな。こりゃ。


どっかで挽回せにゃならんのだが、明日にはナヴァレが来てしまう。


いや、予定を伸ばす事も可能だが、おそらく状況は変わらない。

満を辞して出てくると考えた方が良い。

今更、時間稼ぎ程度でどうにかなるほど、甘い相手ではない筈だ。

むしろ、時間稼ぎはこちらの不利を招く可能性すらある。


「申し訳ございません。油断した訳ではごさいませんが、最近やっと使える手下を揃えたところ。今後、このような無様な事は二度と」


「あー、良いよ。仕方ないもんは仕方ない。むしろ、今までよくやってくれてると思ってる。色々大変なのは、わかってるから。」


そう。当家でキートスに次いで苦労しているのはシュナの筈である。

仕事柄、功績が表に出る事はないが、地図製作の際に多くの手下を失い、極端に減った人員をなんとか回復させ、キートスやフィリップに様々な情報を送りながら、俺の陰の警護に防諜までやってのけ、王国の地図製作も続けている。

一回うちに来ただけの商人の動向まで、手が回らないのは仕方ない部分がある。


特に、俺の陰の警護は大変だろう。


なんせ、家格が低く、実際には伯爵と何ら変わらない権力と権威しかなかったとは言え、王家の血縁である公爵家を潰してるんだからな。


そういった気配を感じた事はないが、他の貴族、特に他の公爵家が何もしない訳がないのだ。


「だから、そんなに畏まらなくても良いぞ。手を抜かれるのは困るが、そんな甘いところでお前が生きてないのは、よくわかる。」


言うと、シュナがボロボロと涙を流し嗚咽し始めた。


いつも無表情を崩さないシュナが、である。


「たかが、忍び如きに勿体無いお言葉。見苦しい所をお見せ致しました。今日は、これにて失礼します。」


一頻り泣いて、そう言うと、シュナは部屋を出て行った。


「あんだけ感激されると、逆に照れるな。」


俺が呟くと


「普通、忍びと言うのは奴隷以下の扱いですからな。ほぼ罪人と同等の扱いしかされる事はありません。シュナほどの忍びとなれば、それなりの待遇を受ける事もあるでしょうが、それでも雇い主から直々に慰めの言葉など、初めての事でしょうな。」


なるほど。

やっぱり、結構苦労してるんだな。

シュナは俺と似た雰囲気があると思ってたんだ。


俺は、未だに奴隷だった頃の習慣が抜けてなかったりする。

庭に出ると、思わず食えそうな草なんかを探してしまう。

食える時に食えるだけ食うのもそうだし、突然大声をあげられると身体が震える。

それに、ウンコする度に、あ、埋めなきゃとか思ったりするのだ。


まぁ、それは置いておこう。

いずれ、俺は貴族らしくなるだろうし、シュナも苦労はするだろうが、うちにいる限り惨めな思いをする事はない。


それでいいのだ。


それよりも、ナヴァレの狸だ。


結局、打てる手はないに等しいので、明日まで待つしかない。


何を言われても動揺しないよう、心構えだけはしておくべきだが。

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