幕間 マンシュタイン・ランシュムーサス
「マンシュタイン様、侯爵からのお便りにございます。」
私がこの土地に来て、もう半年以上が過ぎた。
広大な平原、深く豊かだが危険な森、魔物の巣窟である山々。
人が未だ踏み入れていない王国最後の秘境、それが主であるアルマンド・エンリッヒ侯爵の領地であり、私が今いる土地である。
初めの頃は、襲ってくる魔物の撃退と、自分達が住む建物の建設で精一杯だったが、今は時折こうやって手紙のやりとりができる程度には、状況は落ち着いてきた。
初めて手紙が届いた時は、主君の字が目に染みたものだ。
開拓の方は、かなりの所まで進んでいた。
奴隷達が、いずれ自分達のモノになるのだから、と目覚ましい勢いで畑を作り続けている。
来年からは、百人は定住できる村ができる筈だ。
見た限り、開墾した畑はかなりの広さになっているが、養えるのはたったそれだけらしい。
元農民の奴隷曰く、畑になったばかりの土地の土は、痩せているそうだ。
再来年から、年を経る毎に土は肥り、土地が豊かになり、養える人間が増えていく。
もちろん、畑だけを作っていたわけではない。
従士達が森から木材を調達して、居住地を柵で囲んだし、川から水を引いて溜め池も作った。
居住地にも井戸を幾つか掘ったので、水に困る事はない。
来月には、羊と豚が連れて来られる予定で、その牧場も作られる。
食う為ではなく、増やす為だ。
滋養の高い乳を出し、農耕にも使える牛も欲しいところだったが、渓谷は牛歩の歩みで抜けられるほど甘くない。
この村は、エンリッヒ侯爵領の出入り口であり、補給基地でもあり、戦場の最前線なのだ。
この村から、主君の全てが始まる。
そして、その事業の先兵が自分なのだ。
「父上、手紙にはなんと?」
長男のポレスが手紙を覗き込んでくる。
次男のラドマンは、飛竜討伐に出かけていた。
二人とも、将としての才覚はそこそこにある。
荒削りな所があるが、まだ若い。
これから様々な事を吸収していくだろうし、場合によっては自分を越える事もあるだろう。
「奥様が妊娠されたそうだ。宴に、私も呼びたかったと書かれているよ。」
「それはめでたい。こちらでは宴を開く余裕はありませんが、皆も喜びましょう。」
ポレスの言葉に、私は苦笑する。
酒は一応あるにはある。
今では、余るほどではないが、十分な物資が運ばれてくるので、宴を開けない事はない。
キートスの右腕だったメルヴィン・マーヴェリックとその部下がその物資の管理を一手に引き受けている。
此処にいる間は魔物の討伐、それにラドマンと交代で飛竜の掃討、余った時間は兵の調練と、軍務に忙しいポレスは、そういった事柄をきちんと把握していないのだろう。
常に先頭に立ちたがるラドマンなど、今ある兵糧ですら把握しているか、怪しいところがある。
二人とも、やはりまだ若い。
「そうだな。お子様が産まれれば、アルマンド様もこちらに来られる。それまでに、飛竜を根絶やしにせねばならん。」
目下のところ、村そのものは安全と言って良い。
現在、周辺の手強い魔物は狩り終え、せいぜいがオーガの群れが一つ、他に群れを作るのはゴブリン程度で、単体でうろつく魔物にも注意するべき強敵はいない。
オーガの群れは、近々傭兵達を動員して根絶やしにする予定である。
交代で飛龍討伐に出かける我々にとって、オーガの群れなど、問題ではなかった。
問題は、その飛竜である。
ワイバーンと呼ばれる下位亜竜種ではあるが、それでも竜は竜。
一頭ならば数に任せて楽に倒せるが、三頭、四頭となると苦しくなる。
一度に十名が死んでも、十回繰り返せば百名である。
全体の数は間違いなく減っている筈なのだが、いつまでも何処からか湧いてくる。
ラドマンは飽きもせずに戦い、対竜の戦術などに工夫を凝らしているが、マンシュタインはうんざりし始めていた。
「先日、シュナが山脈に住んでいるドワーフと、連絡が取れたと申しておりました。飛竜の方も、そろそろ目処がつくかと。」
「あぁ、アルマンド様には、是非とも彼らを手懐けて頂きたいものだ。このままでは、畑よりも墓場の方が広くなりかねん。」
既に、死者は一千を越えた。
冗談でもなく、下手をすれば本当にそうなりかねない。
自分の副官だった、ゲーリングもその墓場で眠っているのだ。
ドワーフとの共闘が決まれば、アルマンドの安全はより保障される。
下級ではあるが、代々将軍を世襲する軍人家系の家に生まれたマンシュタインは、こうやって兵を率いて主に仕えるのが夢だった。
今は、ランシュムーサス家当主である兄がその将軍職を継ぎ、北の国境で小競り合いを繰り返している。
家に残れば、自分は上級将校ぐらいにはなれただろう。
だが、どうしても一軍の将になりたかったのだ。
戦が、好きだった。
兵士達の咆哮、勝利の瞬間、魔物の群れや盗賊達の只中に突っ込む瞬間、それらは老い始めた今も、身体中の血を熱くする。
沸騰するような血の巡りは、他の何にも替え難い。
戦をする意味、戦う意義を与えてくれる主、自分の指揮に一糸乱れぬ動きで従う兵士。
それが、自分の生き甲斐である。
軍人に疑念は不要だ。
死ぬと決めた時に、死ねば良い。
主の為、そして軍人の誇りの為に。
マンシュタインは、主がやって来るその日を心待ちにしていた。