エリーゼの妊娠。
ゲーリングが死んでから三月が過ぎたある日、マンシュタインの長男、ポレスが五十名ほどの供を連れて帰ってきた。
顔の左半分が火傷で爛れ、左足を引き摺ってはいたが、元気そうだ。
飛竜との戦いで負った傷だ。
足は、切断せずに済んだのが不思議なぐらいだったそうだ。
本人は、馬に乗れさえすれば戦える、と笑っていたが。
ポレスの報告によると、マンシュタインは渓谷を抜けてすぐの所に集落を築いたそうだ。
開墾奴隷が畑を作り、傭兵は森に入って魔物や獣を狩ったり、食べられそうな植物を採集している。
従士は、家屋の建築と奴隷の護衛である。
なんとか食っていける見通しが立った状況ではあるが、ラドマンの飛竜討伐隊の補給拠点として使うにはまだまだ、といったところ。
むしろ、マンシュタインは補給の要請をしてきている。
武具の損耗が激しく、食糧も少々足りないそうだ。
それはそれとして、俺、キートス、パウロ、ポレス、ハリーの面子で集まり、互いに情報交換を行う。
とにかくどれだけ金と時間を使っても、なにをどう考えても、最初の拠点だけはどうにもならない。
半年ちょっとでも、これぐらいの進捗具合なのは、最初からわかっていた。
通行ルートの確保だけでも、中々の損害を出していた。
ラドマンは、向こうの拠点とうちの屋敷を往復しながら、根気良く飛竜を狩っているが、損害は人的被害が既に一千。
随時補充しているので、彼が率いる部隊は増減なし。
資金の方は、飛竜の角やら牙やらが高く売れている。
今のところ、王国ではうちがほとんど供給しているようなものなので、売っても売っても値が落ちない。
おかげで、ラドマンの部隊ぐらいなら維持できる収入はある。
順調と言えば順調だが、みんな疲れていた。
声に前ほどの力がないし、発言も手短かだ。
ポレスは元気だが。
今が一番苦しい時期なのかも知れない。
ゴールは見えているのに、中々近づいてこないのだ。
「とにかく、ラドマンの部隊を呼び戻そう。その後、物資を持たせて拠点へ。みんな、苦しいだろうが、もう少しの間だけ頑張ろう。」
俺が言って、解散になった。
ここを抜ければ、出来る事が一気に増える。
耐えるしかない。
その後、俺はポレスを自室に呼んだ。
俺は最近、こうして家臣を呼んで話しをする時間を作っている。
ゲーリングが死んでからだ。
フィリップとマンシュタイン以外の家臣とは、もう話した。
色んな事を知ったようで、何一つわからなかったようなそんな感じだが、やめようとは思わなかった。
ポレスに、何故そうなってもまだ戦おうとするのか、聞いてみた。
「そりゃぁ、俺は戦うしか能がありませんから。それに、俺は好きなんですよ。明日死ぬかもしれない俺と部下達で、みんな一緒になんかするのが。」
だそうだ。
まったく理解できないが、彼は笑っていた。
軍人と言うやつは、こんなのが多いのかも知れない。
ラドマンも、似たような事を言っていた。
それも、同じように笑って、だ。
マンシュタインも、こんな事を笑って言うんだろうか。
日が傾くまで話すと、ポレスは部屋を出て行った。
代わりにエリーゼが入ってくる。
「お話しは終わった?」
おや、いつもと様子が違う。
なんというか、ちょっと元気がない。
気のせいかと思うぐらいの違いしかないが。
「私も、アルに話したい事があるの。」
ん、これはもしや…
「私ね。妊娠したみたい。」
やっぱりか!
「そうか。」
言って、顔がニヤけていくのがわかる。
「ありがとう。エリーゼ。」
両手を広げると、エリーゼが胸に飛び込んで来た。
何故か、泣いていた。
俺も、泣いていた。