家臣の死と覚悟。
ナヴァレの申し出を断った翌日、エンリッヒ侯爵家の屋敷に、シュナの手の者が飛び込んできた。
マンシュタインの副官ゲーリング・レイソンが死んだ。
二頭の飛竜と戦闘中に、三頭の飛竜が現れ部隊は迎撃し五頭共倒したものの、かなりの損害を出したらしい。
その際、飛竜の鉤爪に喉を掻き切られ、ゲーリングはほぼ即死したそうだ。
今はマンシュタインの次男、ラドマンが指揮をとって進撃中とのこと。
正直、あまり話した事もないし、印象が薄いのだが、俺の家臣で初めての死者だ。
いつか、そのうちフィリップは俺より早く老衰で逝くだろうと考えた事はあったが、ゲーリングは三十をいくつか越えたぐらいだった筈。
早過ぎる死だ。
だが、居残り組の家臣達は知らせを聞いて、衝撃を受けたようではあったが、すぐに何事もなかったかのように、ハリーを残して自分の仕事に戻っていった。
「こんなに、軽いものなのか?ゲーリングが死んだのに。」
「ええ。ゲーリング殿の死は惜しい、とは思いますが、彼もアルマンド様の為に命をかけていると言う覚悟はしていた筈です。」
と、ハリー。
その顔は、普段となんら変わらない筈なのに、覇気が感じられる。
旅立ったマンシュタインも、こんな顔をしていた。
俺は何も言えず、ただ頷いた。
家臣達の人生を、家庭を、生活を守り、維持しなければならない、とは思っていた。
しかし、命を預かっているとは、考えた事すらない。
誰も死ぬ訳がないだろう、俺が向こうに行けば皆が迎えてくれる。
根拠も無く、そう考えていた。
死んだゲーリングは、何に命を賭ける覚悟をしたんだろう。
想像しようとしたが、上手くいかない。
それほど、俺はゲーリングと言う男の事を知らなかった。
無性に悲しくて、情けなくて、寂しくなった。
「人は、死ぬんだな。エリーゼ。」
その日の晩、自室のソファでワインを飲みながら、エリーゼに言ってみた。
ほろ酔いのエリーゼは、頬がちょっと赤くなった顔で、いつものように笑った。
「当たり前じゃない。アルだって、いつかはお爺様になって、死ぬのよ?私だって、いつかは。」
「やめてくれ。エリーゼが死ぬなんて、想像したくない。」
「もちろん、死ぬつもりなんてありませんとも。ねぇ、ゲーリングの事は残念だったけど、彼は危険を承知で戦いに行ったんでしょ?」
違う。
俺が、命令したのだ。
マンシュタインの副官だから、こいつで良いだろうと、ほとんど何も考えずに行かせた。
「どうしたの?アル。そんな情けない顔して。」
エリーゼが、覗き込んでくる。
笑顔だった。
俺の、大好きな笑顔だ。
俺には、意識しないと作れない笑顔だ。
俺だけに向けられる、特別な笑顔。
「ちょっと、情けない事を考えてた。」
「アルのせいで、ゲーリングが死んじゃったとか?」
「その通り。」
「わかってると思うけど、それって、とってもゲーリングに失礼よ。」
あぁ、そうだな。
エリーゼの笑顔で思い出した。
旅立つマンシュタインの顔を、倒れても仕事をやり続けたキートスの顔を、今日のハリーの顔を。
俺は、ワイングラスを置いて、エリーゼを抱き寄せた。
命を賭ける理由なんて、俺にはわからない。
死にそうになった時はあったが、ただ死ぬのが嫌だった。
それには、理由なんてない。
ただ死にたくなかった。
そんな俺に、死ぬやつの気持ちなんて、わかる訳がないのだ。
わからないなら、聞けば良い。
一度、家臣達に聞いてみよう。
マンシュタインの次男、ラドマンと無事会う事ができたら、彼にゲーリングの事を聞こう。
多分、それしか出来る事はない。
別に、なんの意味もなく、得たものもなかったけど、なんとなく気が楽になった。
俺はエリーゼを抱きしめたまま、ソファに倒れこんだ。
ほろ酔いエリーゼの手が俺の頬を撫でる
暖かい手だった。
【ゲーリング・レイソン】
ヒューマン種の男性。享年33歳。
マンシュタインの傭兵時代からの片腕。
個人の武勇よりも用兵に本領がある。
妻子持ち。彼の妻は、後にエンリッヒ領に移住し、再婚。
再婚相手と一男一女をもうける。