男のコイバナ
まるで、大名行列だ。
少なくとも、旅と言う感じはしない。
ラドマンの麾下は、整然と行進していた。
三方向に、斥候を常に出しているので、パウロ達の仕事もない。
ただ進むだけで良かった。
「暇だな。」
馬車の横に、騎士達が縦列で並んでいるので、景色も見えない。
前方の、ローツェ山が少しずつ近づいて来るのを眺めるぐらいしか、する事がない。
赤虎馬は、無心に歩を進めている。
賢い馬だ。
もう若くはないが、気性はそこそこ荒い。
それでも、俺が乗っていれば居眠りしてても、そのまま進んでくれるだろう。
「今日中には、着かないでしょうね。」
ハリーも、どこかうんざりしているようだ。
バルザックは、また馬車の屋根によじ登って昼寝している。
どうやら、気に入ったらしい。
ドワーフ達が整備した道は、この世界の馬車で進んでも、それほど揺れない。
全く、と言う訳ではないが、快適さを損なう程ではないはずだ。
ちなみに、シエーナは衆目に晒されているからか、馬上でピンと背筋を伸ばしてお澄まししてる。
ドライフルーツを摘まみながら、くっちゃべる女にはとても見えない。
更に蛇足だが、ソーテルヌでは小魚を干したものを買い込んだようだ。
「何か、面白い話はないのか。」
「面白い、ですか。」
我ながら無茶な振りをしたと思う。
ある訳ないよな。
「そう言えば、キートス殿の結婚ですが。」
お、あるのか。
「前々から、噂はあったようですね。皆で、いつ婚約するか、賭けていたようですよ。」
「ふーん。恋愛結婚、になるのか?」
ある程度の身分を持っているものが、恋愛の果てに結婚する、と言うのは封建制をとっている限り、不可能に近い。
貴族だけでなく、その家臣も当然ながら例外ではない。
農民ですら、豪農と呼ばれる者は政治的判断が絡むし、商会長だってそうだ。
ごく平凡な平民でも、親同士の談合の上で結婚が決まる事が多い。
そう言った意味でも、俺とエリーゼは、稀有な例だった。
「嫁の方が惚れたそうですが、恋愛とまでは。あのキートス殿ですから、もしそうならそうと、必ず噂になるでしょう。」
「じゃぁ、噂されていた、と言うのは?」
「嫁の方が、随分と健気に世話をしたそうです。キートス殿は、初めは鬱陶しがっていたようですが。」
「折れた、と言う訳か。」
まぁ、なんとなくだが、わかる気がする。
好意を持たれ、尽くされて、それでもその人を嫌いになる、と言う事は、普通あり得ない。
「そのようです。」
「良い嫁をもらう事になるな。キートスは。」
さっきから、耳がダ◯ボになっているシエーナに、聞こえる様に言うと、ハリーは苦笑した。
ちらりと目が合ったパウロが、ニヤついていたのは、多分気のせいだ。
「元奴隷の、メイドだそうですがね。」
「それは、関係ない。お前も結婚する時は、相手の身分など気にするなよ。」
誰がなんと言おうと、関係ない。
そもそも、此処に元奴隷の侯爵がいるのだから。
互いが一緒にいたいと思えるなら、俺は相手が例えあの豚公爵の娘だろうと、応援する。
恋愛に、理屈はいらないのだ。
「流石に、私はまずいでしょう。アルマンド様の縁戚の、そのまた傍流の娘あたりが妥当な所かと。」
なんでそんな限定してんだよ。
って言うか、そんなのが該当するのは一人しかいない。
「伯父上に、頼んでみるか?」
俺の親戚で、そんな事を頼めるのは、オーガスタ神ぐらいなもんだ。
他にも、親戚がいない訳ではないが、俺が奴隷か貴族に復帰しても、疎遠なままだ。
一応、俺はエンリッヒ男爵家の始祖であり、カイスト王国建国期の忠臣として著名なラズマンド・エンリッヒの直系にあたる。
元々、家格は侯爵と同等とされていた家柄なので、多くの貴族家と血縁はあるが、準王族であるキルヴァン公爵家の取り潰しに関わった為、表向きは左遷された事になっている。
領地での交易は別だが、貴族として付き合いをしよう、と言う家は少ないのだ。
形式として、様々な催しものに招待はされるが、こちらに来てから一度も出席した事はない。
王国建国祭ですら、欠席しているのだから、余計に付き合いがない。
エリーゼの実家のラトゥール家、オーガスタのラフィット家と、手紙のやり取りをしているのが、俺の貴族として付き合いの、殆ど全てだ。
「結構です。オーガスタ様の御息女など、私には勿体無い。」
「だとすると、お前の結婚相手は、貴族ではないな。」
「難しいでしょう。かと言って、私の立場では、商人や豪農と言った者達は除外されますし。」
俺と、近過ぎるからな。
「キートスに倣って、平民とだな。それか、家臣の誰かの妹か娘。」
「他の者との血縁は、余計な派閥などを、作る事になりませんか?」
情けない事を言うやつだな。
そうなるとしても、俺の代よりもっと後の話だろう。
エルロンドや、その子供達が好きにやれば良い。
「お前は好きになった女を、必死こいて口説けば良い。相手が貴族だろうと乞食だろうと、後の事は気にするな。」
「そう、ですか。」
「なんだ、お前。惚れた女でもいるのか?」
四年も王国を放浪していたのだ。
馴染みの女がいても、おかしくはない。
「いえ、そう言う訳ではないのですが。」
居なさそうだとは、思うよ。
言葉にはできないけどな。
「が、なんだ。」
「いえ、なんでもありません。」
まぁ、万が一いたとしたら、そのうち紹介してくれるだろう。
それきり、ハリーは黙り込んでしまったので、俺はまたぼんやりとローツェ山を眺めながら、ただ進んだ。
とにかく、暇だ。




