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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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盗っ人シエーナ。

本日二度目の投稿。

四日後、予定通りソーテルヌを発った。

ローヌ河を渡るだけで、朝から昼過ぎまでかかる。

俺達が乗ったのは大型船で、二十挺櫓の帆船だ。

風向きが良ければ、帆を張るそうだが、今は畳まれていた。


風が、心地良い。


「旦那様、あまり風に当たりますと、お身体に障ります。」


昨日、シエーナがげっそりするほど、ハリーが選び抜いた奴隷、もとい当家の新しい使用人である、ランドルフが小言を言ってくる。

彼は、今年17歳。

長身の紳士然とした気品のある顔立ちに、執事として完璧な立ち振る舞いを身につけていた。

お値段、なんと金貨八十三枚。

元は商人の子だったが、父親から読み書きと四則演算を習っていた為、教養があると見なされ、奴隷商の下で教育を施された、エリート奴隷である。


どっかの鉱山で、うんこの穴を掘ってた誰かとは、えらい違いだ。


もちろん、今は奴隷の身分を解放して、戸籍上でも当家に仕える平民となっている。


「俺の病は、そう言った類ではない。元々、身体はかなり鍛えているから、これぐらいどうと言う事もないしな。」


甲板で、ランドルフとイェーガーを伴って、川面を眺めていた。

遠くに、ソーテルヌの南岸が見える。

サンテミリオンがある為、比較的遅くに開発したにも関わらず、北岸のそれに遜色のない活気があるそうだ。

北岸に比べると、造船所の規模が小さい、役所の類もそれほど多くはない、などの違いはある。

その分、今後産出するサンテミリオンの食糧を買い付ける拠点を、目敏い商人が築き始めていたり、漁師が多く住んでいるからか、市場も賑やかだと聞いている。


「しかし、旦那様に万が一の事があっては、ハリー様に顔向け出来ません。」


ハリー様、ねえ。

うちでは、家臣同士を呼ぶのに、様と言う敬称はあまり使わない。

直接の上司には殿、それ以外は認めた相手には殿を使うが、歳が近かったりして仲が良いとほとんど呼び捨てだ。

一応、序列はあるが、俺が余りそう言った事にうるさくないからか、貴族家としては非常に緩やかになっている。


寄せ集めの家臣団である事は、間違いないのだから、これぐらいで良いと俺は思っていた。


「なぁ、イェーガー。釣りはした事あるか?」


「ありません。釣竿、探して来ましょうか?」


「いや、ふと思っただけだ。お前なら、水の中にも弓矢を打ち込みそうだからな。」


「流石に、勢いが死んでしまうでしょう。普通の魚ぐらいなら、見えさえすれば射抜けそうですが。」


見えさえすれば、って言うあたりが凄いな。

やはり、魔法を使える人間ってのは感覚が違うわ。


「ランドルフは、どうだ?」


「恥ずかしながら、弓は得手ではありません。剣と槍なら少々の嗜みがございます。」


どこまでも、固いやつだが、ちょっと抜けてるなぁ。

普通、釣りをしたかどうかの話になると思うんだが。


もう一人の新参使用人である、コラリーはハリーに扱かれている。

貴族に侍る使用人として、必要な技量と教養を身につけねばならない。


オーズとアルファド、それに意外な事にバックスとシエーナは船酔いでダウンだ。

パウロは、シエーナの護衛兼吐瀉物処分係として勤労中。

甲板でなら、弓と短剣の達人であるイェーガーの方が立ち回り易いとは言え、哀れな護衛騎士隊長である。


名前のわからない少年は、オーズとアルファドと一緒にいる。

相変わらず何も話さない。

ハリーが診察と投薬を行ったが、全く意味を成さなかった。

身体の方は、やや痩せ気味だが、健康と言って差し支えないそうだ。

南岸に着いたら、パウロがとことん扱く予定だ。


「習いたいと思うのなら、パウロに頼め。他にもやりたい事があれば、遠慮しなくて良いからな。」


言うだけなら、タダだ。

転属となると、本人の適性によって、それが通るかどうかはフィリップやキートス、またはその部下達が判断する。

だが、本人が何かしら技能を習得したいのであれば、出来るだけ環境を整えてやりたい。


前世とは違い、こちらには学校すら無いと言って良いのだ。


「かしこまりました。」


畏まる必要はないんだがな。

これが普通なんだろうけど、他の家臣達との距離が近いだけに、違和感がある。


思えば、フィリップはそう言った所にも、気を回していたのだ。

侯爵家として、と言うよりも、俺にとって、まだまだ必要な人間だ。


元気にしているだろうか。


少しだけ、マルガンダが懐かしい。

目を離す度に近づいてくる、ソーテルヌの南岸。

風が、強くなってきた。




「死ぬかと思った。」


船着場で、船酔い組の回復を待ち、宿に入ってすぐ、シエーナが言った。

顔色は随分と良い。

いつも通り、元気に飯を食うだろう。


「何処か、食事に行こうか。北よりも、魚が美味いそうだぞ。」


甲板で一頻り景色を楽しんだ後、船長と雑談していて、教えてもらった。

ソーテルヌを出るまで、侯爵の身分は隠せない。

着ている物で、すぐにわかってしまうからな。


「行く。」


流石、シエーナ。

どんな時にも食欲を裏切らない。


「使用人達も、たまには連れて行くか。」


「新しい人もいるしね。良いんじゃない。たまには。」


思いついただけだ。

特に、深い意味はない。

そう言えば、前にオーガスタ神がそんな事をしている、と聞いた事がある。


ハリーを呼んで、手配を頼んだ。


「魚が美味い所が良い。使用人達も連れて行くから、余り難しい料理は出さないようにな。」


教養のない庶民には、食べにくい料理と言うものが、結構ある。

作法もそうだが、味にしても、そうなのだ。

コクと酸味が、王国の庶民には、特に嫌われる。

飢饉の時に食べるモノと、腐ったモノを連想するからだろうか。


まぁ、土地によって、味覚は変わるものだ。

俺は、此処を食いたいモノが食える領地に出来れば、それで良い。


「かしこまりました。貸切で宜しいでしょうか?」


「構わない。無理強いはするなよ。」


頭を下げて、ハリーが出て行く。


「お金、大丈夫?」


心配そうなシエーナ。

あのな、一応侯爵だぞ。

何もなかった領地を開拓していて、身分の割りには質素な生活をしているが、金がない訳ではない。

エンリッヒ侯爵家では、公費と侯爵家の私費は、別に金庫がある。

税や発掘などの収益の一部を運用して、結構な額になっていた筈だ。

その気になれば、自分の箱庭として、大きな街を造る事ぐらいはできる。


見た目の割りに、そこらの貴族よりも金持ちなのだ。


「お前が心配する事じゃない。」


「でも、あの子達を買うのに、結構使ったんでしょ?」


その辺り、まだ庶民的だな。

まぁ、俺も買う時にはちょっと腰が引けたが、全部で白金貨一枚ちょっとだ。

財産の規模からすれば、大した額ではない。


「気にするような額じゃなかったがな。お前も、一応侯爵夫人なんだから、白金貨ぐらいぱーんと使って見ろ。」


「え。そんなにお金あるの?」


「知らなかったのか。」


「だって、マルガンダの屋敷、凄い殺風景じゃない。領地の方が大変で、火の車なんだと思ってた。」


殺風景ってお前。

まぁ、大きな屋敷の割りには、貴族としての装飾品の類が少ないのは認めるが。

一応、家具や扉、階段の手摺なんかの木材は、東の帝国にしかない一級品を使ってるし、床に敷いている石材も、南の王国から取り寄せたモノだ。

壁に塗った漆喰も、ドワーフに言って良いのを作ってもらったんだぞ。


素材には拘った屋敷です。


「美術品だの、そう言ったモノまで買い揃えている暇がなかったからな。欲しかったら、使用人の誰かに言えば用意してくれた筈だ。」


「そんなの、私わかんないよ。でも、もうちょっと飾っても良いんじゃない?」


そんなもんか。

俺は特に気にならなかったが。

まぁ、シエーナが言うなら、美術商なんかを呼び寄せてみても良いかも知れない。


余り際限なく金貨を使われても困るが、屋敷を飾るのも必要経費だ。


「あと、アルのワインセラー、もうちょっと拡張しましょ。」


「あれは、俺のコレクションだ。くすねるくらいなら、自分のを作ってもらえ。」


「ワインもわかんないもの。アルのワイン、美味しいのばっかりだし、そっちの方が良いの。」


「ばっかり、ってお前。何本抜いたんだ。」


「何本って言うか、何十本?」


マジか。

これはいかん。

至急、在庫の確認が必要だ。


「中でも、銀で飾ってあった黄色いラベルのワイン、あれ美味しかったぁ。また買ってよ。」


ま、まさか。

それは、ピュイデスタン・マフーの王国歴1250年記念ワインじゃないだろな。

一級職人が醸造したグレートヴィンテージの七十年ものだぞ。


こ、これは、いかん。


「お前、今日は晩飯抜きな。」


「えっ?」


「お前の罪は重い、一晩反省しろ。」


特別な祝いの席で振る舞うつもりだったんだぞ。

ちくしょう。

金貨積んだって、買えねえものだってあるんだよ!


シエーナが、泣きそうな顔になってたが、俺だって泣きそうだった。

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