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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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貴族家の妻。

夕方頃、げっそりとしたシエーナが、ハリーとパウロを伴って宿に帰って来た。

俺は、朝の奴隷市に行ったきり、宿の部屋で読書だ。

現代から二百年ほど前に、東の砂漠を横断し、更にその向こうにある帝国、大楚帝国への冒険譚だ。

内容としては、前世の西遊記に近い。


「おかえり。」


本に栞を挟み、シエーナ達を迎える。

シエーナはよろよろとベッドに倒れ込み、それを見てハリーが眉をひそめ、パウロがにやりと笑う。

相当、お疲れのようだ。


「ハリー、すまないが、茶を頼む。」


「かしこまりました。」


多分、オーズとアルファドも部屋で待機している筈だ。

エンリッヒ侯爵家一行だけで、四部屋も占有している。

宿にとっては、ありがたい話なのかも知れないが、長期の滞在は迷惑だろう。

宿が流行る土地と言うのは、基本的に人の通過点だ。

長期の滞在客が増えると、その分客が他所に流れる。

今後の事を考えると、主要都市にはエンリッヒ侯爵家の別邸を建てた方が良いだろう。


「なぁ、シエーナ。別荘を建てようと思うんだが。」


言うと、ベッドにうつ伏せになったまま、顔だけこちらに向けて反応する。


「なぁに。ソドムの話聞いて、欲しくなったの?」


「そういう訳じゃないが。」


「あぁ、うん。言いたい事はわかった。旅が終わった後の事ね?」


「そういう事。」


うーん、と難しい顔をして、一生懸命考えるシエーナ。

シエーナは、はっきり言って賢くはない。

だが、見るべき所は見ている。

食べる事ばかり考えているようだが、出てくる食事の品目から、その都市の食糧事情などを正確に見抜いたりもする。

徐々に貴族の感覚が馴染みつつある俺より、庶民の感覚が残っているシエーナの方が、鋭い事を言う事もあるのだ。


「此処と、ローヌになら良いんじゃない?サンテミリオンとか、ラターシュは、まだ先にしておいた方が良いと思う。」


「その心は?」


「まだまだ、貧しい人がいるんだもん。泊まるとこ確保するのに別荘建てましたって、ちょっと理解しがたいんじゃないかしら。」


おお、それっぽい理由だ。

ベッドに寝転がったまんまじゃなきゃ、素直に感心できるんだがな。


「そうだな。もう少し、考えてみる。」


「あれば、便利だよね。」


要は、無くても良い、と言う事か。

まぁ、侯爵が泊まった宿、とか言って箔を付けたりも出来る訳だしな。


「お待たせしました。」


その後も、シエーナと別荘について話していると、お茶が到着した。

ハリーと、オーズが部屋に入ってくる。

微かに香るお茶の香りは、マルガンダの屋敷のモノだ。

久しぶりの香りだった。


「オーズ、部屋の外で控えていてくれ。」


テーブルに2セットのお茶。

前世で言う紅茶と言うやつだ。

前世の紅茶の味など忘れてしまっているが、こちらの紅茶も中々美味い。


白い角砂糖に、紅茶用の生クリームの様な牛乳。

おかわり用のティーポット。

それぞれを、見栄えのするように並べるオーズ。

俺が気にしないのだが、やはりハリーがいると緊張するらしい。


きちんと礼をして、部屋を出るオーズに、少し苦笑してしまった。


「さて、奥様。御茶も入りましたので、椅子に座られてはいかがでしょうか。」


「もうちょっと、このまま。」


「椅子に座られては、いかがでしょうか。」


「はい、ごめんなさい。」


もそもそと、動き始めるシエーナ。

家臣の言う事は聞くのに、旦那の言う事を聞かない侯爵夫人。

なんだかなぁ。


「で、ハリー。話があるんだろう?」


言うと、真面目な顔でハリーは頷いた。

あまり、良くない話なのだろうか。


「フィリップ殿からの、連絡です。他に幾つか、領地に関しての報告が御座います。」


「おい、ハリー。アルマンド様は、休暇中だ。領地の話は、お前が処理しとけ。」


パウロが割って入る。

気持ちはありがたいが、そういう訳にもいかないだろう。


「報告のみで、特に決裁などは頂かなくて良いとの事だ。そもそも、お前が判断する事柄でもない。邪魔をするなら、出ていってもらおうか。パウロ。」


「なんだと。」


「やめろ。二人共。鬱陶しい。」


言うと、二人は揃って頭を下げた。

俺に、向かってだ。


「パウロ、お前が口を挟む事柄じゃないのは確かだ。気持ちは有難いがな。ハリー、お前もいらん言葉を吐くな。話がややこしくなる。」


「お互いに、ごめんなさいしないとね。」


お茶を冷ましながら、シエーナが締める。

その様子に、二人共非常に気まずそうな顔をしていた。

子供のような事ばかりするシエーナに、子供のような扱いをされたのだ。

まぁ、人間幾つになっても、そういうとこがあるもんだがな。


「目の前で、握手しろとは言わん。今夜、二人で飲みにでも行って来い。」


言うと、二人共気まずい表情のまま、苦笑いしていた。


「さて、話を聞こうか、ハリー。」


「はい。申し訳ございません。まず、一つ目ですが、キートス殿が結婚するそうです。」


「昨日聞いたぞ。」


「うん。知ってる。」


「えっ?」


「昨日、奴隷市でソドムに会ってな。あぁ、ギルドや商会との折衝を任せている男だ。そのソドムから、昨日聞いた。」


ハリーが、凄く残念そうな顔をする。

驚いた顔でも見たかったのか。

御期待に沿えなくてすまいね。


「では、二つ目です。アイラ殿が、妊娠されたそうです。アイラ殿を診た医師の診断では、三ヶ月ほどではないかと。」


「えっ!?」


マンシュタインの末娘、アイラ・ランシュムーサス。

正式に婚姻を結んだ訳ではないので、産まれる子はエンリッヒ家の傍流にすらなれない。

男子ならば、彼女の長兄であるポレスの養子に。

娘ならば、平民出身の家臣の息子に嫁がせるつもりだ。


思わず、シエーナの顔を見た。

特に変わった所はない。

俺と眼が合って、にこりと笑う。


「おめでとう。アル。」


めでたい事、なんだろうな。確かに。


「あぁ。」


「つきましては、アイラ殿の待遇に関して、御指示を頂きたいとの事です。」


俺の子を、産むのだ。

他の家臣からすれば、シエーナとは違う意味で特別な人間になるし、特別な功績をあげた人間にもなる。


エンリッヒ侯爵分家は作れないが、準一門となる家臣家を作る事になる。

娘を差し出した、マンシュタインの発言力は、これから増していくだろう。


「エンリッヒの姓を、与える訳にはいかん。マルガンダに屋敷を建て、使用人を増やしてやれ。俺には、それしか思いつかない。本人の希望は、あるのか?」


「特に聞いておりません。マルガンダに問い合わせておきます。」


あくまで、事務的にハリーは対応する。

シエーナの手前、素直に祝えないのだろう。


俺は、あまり自分の子供が産まれると言う気がしない。

産まれてすぐ、他所へ養子に行くのだ。

それは、エンリッヒ侯爵として、必要な処置で、行く先も直属騎士団団長の長男の家だ。

将来は、能力があろうとなかろうと、騎士団団長となる事が確定しているようなものだ。


決して、冷遇する訳ではない。


その後、領地の開拓や開発の細かい報告を幾つかして、ハリーはパウロと共に、部屋を出ていった。


「なぁ、シエーナ。」


「気にしないで。私達にも、すぐできるよ。」


言ったシエーナは、泣きそうな笑顔だった。


まぁ、そうだよな。


エルロンドがいるとは言え、俺の子供は多い方が良い。

血の力、と言う貴族には必要不可欠な力が、エンリッヒ家には酷く不足している。


エルロンドを支える兄弟、他家で血縁の当主を産む姉妹、子は何人いても足りない。

他の貴族家の娘を、側室として迎える事は既に避けられない。


それでも、シエーナが自分の子を産むまで待つつもりではある。

周りがどう言おうと、俺が急かす事ではないからだ。


「ばか。俺の台詞だ。お前が、気に病む事じゃない。」


「でも。」


「俺の子供を、産んでくれたら嬉しいけどな。貴族に必要な子供を、産むためにお前がいるんじゃないんだから。」


立ち上がって、シエーナの頭を抱きしめてやる。


「うん。」


俺の服に、溢れた水滴が染みる。


涙は良いんだけどさ。

鼻水は、ちょっとやだなぁ。

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