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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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閑話 フィリップとハリー。

「お久しぶりです。フィリップ殿。」


「うむ。」


マルガンダの、フィリップの屋敷の一室。

ハリーは、態々こちらでの対面を望んだ。

アルマンドの屋敷に、立ち入ろうと言う気はない。

旅の供をしているとは言え、正式には、自分はまだ出奔した、かつての家臣でしかないのだ。


「お忙しい所、お呼び立てして申し訳ありません。」


言うと、フィリップは微かに首を横に振った。

この四年で、随分と老いた。

目尻と額の皺が、痛々しい。

かつて、王都から王国中を飛び回っていた時の、燃えるような気配はない。

枯れた巨木のような印象を受けた。


「構わんよ。よく、戻って来た。シュナから報告は来ておる。今日は、泊まって行きなさい。」


不意に、涙が零れそうになった。

地方の小さな役所で、下っ端の役人をしていた私を拾い、侯爵家に迎えてくれたのは、この男だ。

本当に、世話になった。

返しきれない、恩義がある。


「エリーゼ様の事は、もう良いのか?」


「はい。悔いはありますが。今は、シエーナ様もいらっしゃいますので。」


優しい男だった。

次期家宰に、と自分に目をかけてくれ、厳しく当たられた事も多かったが、今はその優しさが、胸を打つ。


「フィリップ殿。」


「なんだ。」


「病、なのですか。」


フィリップは、眉を下げて、笑みを浮かべた。

珍しく、困ったような笑みだ。


フィリップが病だと思ったのは、ある種の勘だ。

魔法医となってからは、あまり外した事がない。


「老い、だ。ハリー。」


湖水のような、深く澄んだ眼をしている。

声も、何処までも穏やかだ。

死への絶望は、欠片もない。

フィリップなら、死をただ当たり前のモノとして、受け入れて逝くだろう。


「一度、診察を。」


「もう、診てもらったよ。今すぐ、どうなると言う事はない。魔力の変換も、起こってはいない。ただ、少しずつ弱っていっているだけだ。」


「せめて、薬を。貴方は、まだ侯爵家に必要な方です。」


「落ち着け、ハリー。お前の役目は、この老いぼれを生き永らえさせる事ではない筈だ。」


フィリップは、また困ったような笑みを浮かべている。

やんちゃな子供に手を焼く、老人のような表情。


「アルマンド様を、頼む。一年、と仰られたが、お前がいればより早く帰って来られるかも知れん。その時は、お前に診てもらう事にする。」


嗚呼。

この老人は、私の恩人は、変わっていない。

今も、静かに燃え続けている。


「畏まりました。」


否、と言う事は出来ない。

命を賭した者の眼だ。

医師と言えど、例えそれが歴史に名を残す名医だとしても、きっとこの眼には逆らえない。

ある意味で、医師が永久に治す事ができない病。


覚悟、と言う病だ。


「さて、私の話はもう良い。お前の四年間を、聞かせて欲しいのだが、時間は有限だ。これも、お前達が帰って来た時にとっておこう。」


不意に、フィリップから覇気が消えた。

ただの穏やかな老人にしか見えない。


「明るい報せが、二つある。間違いなく、アルマンド様に伝えてくれ。」


「明るい、報せですか。」


「うむ。キートスが、婚約した。主のいない間に、嫁を娶る訳にはいかんと、首を長くしてアルマンド様の御帰還を待っておる。」


「あの、キートス殿がですか。」


「うむ。当家の主だった者には、他にも独身の者が多い。これを切欠に、身を固める者が増えると良いのだが。」


確かに、明るい報せだ。

アルマンドは、驚きつつも、自分の事のように喜ぶだろう。

以前は、余り感情を出さない主だったが、再会してからのアルマンドは、昔よりも随分と表情に変化がある。

口に出さないのは、相変わらずだが。


「もう一つ、と言うのは?」


「うむ。アルマンド様が、喜ぶかどうかは別なのだがな。御身に関わる事であり、また世間一般では、祝われて然るべし事だ。」


フィリップらしくない、勿体ぶった言い方に、首を傾げる。

明るくはあるが、喜べない、と言うのも引っ掛かる。


間を置いて、フィリップはゆっくりと口を開いた。


「アイラ殿が、懐妊した。」

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