奴隷市
「案外、身綺麗にしてるのね。」
旅の供、五人全員を連れて、朝の奴隷市に来ていた。
檻に入れらた奴隷達を見て、シエーナが、感心している。
ソーテルヌにまでやってくるだけの、力を持った奴隷商の商品だ。
体格や健康状態には気を使っているし、何らかの技能を持っている者が多い。
ただ単純に、肉体労働をさせたいのであれば、ローヌまで行って購入した方が、移動コストを考えても安くあがる。
物扱い、と言うよりは、家畜に似ていた。
一応、服を着せられてもいるが、手枷と足枷はしている。
「一人は、お前が使うんだからな。自分で選べよ。」
いい加減、シエーナの身のまわりを世話する人間が必要だ。
男ばかりの中に、この先の旅の間、ずっと置いておく訳にもいかない。
「あんまり可愛い子を連れて行っちゃうと、アルが手出ししちゃいそうだしなぁ。」
そういう事を言うなよ。
つうか、出さねえよ。
お前、俺をなんだと思ってんだ。
「オーズ、アルファドを連れて、お前も見て来い。男でも女でも良いが、そこそこのやつにしておけよ。」
金がない訳ではないが、高い奴隷はすぐに売れる。
高い金を払った奴隷は、それなりに大事にされるので、うちで引き取る必要はあまりない。
買うなら、割とあぶれがちな価格帯の奴隷がベストだ。
「はぁ。アルマンド様と奴隷市とは、変な気分ですね。」
「オーズ、さっさと行って来い。侯爵家を名乗れば、悪いようにはされまい。」
「了解。パウロ殿。しかし、奴隷の取り置きなんて、大丈夫なんですか?」
「良いから、行って来い。」
パウロがやや苛立ったように声を荒げた。
そんな様子に苦笑する俺とアルファド。
この二人は、余り相性が良くない。
と言うより、水面下で行われている、マンシュタインとキートスの、政争の縮図だ。
軍事と内政、それぞれの頂点に立っている二人の仲は悪くないのだが、その下にいる者達は、よくいざこざを起こしている。
特に、ダルトンとグレンの仲は最悪と言って良い。
内政官だったグレンが、抜擢されて数ヶ月でこれだ。
今はまだ表面化するような事は起こってないが、家臣を束ねるフィリップには頭の痛い問題だろう。
「おや、アルマンド様ではないですか。」
声のした方を向くと、そこにいたのは五人ほど供を連れた、ソドムだ。
各ギルドや商会との折衝を任せている、謂わば外交官のような役割を任せている。
かつて、俺が没落させた豚公爵の遠い親戚だが、本人は余り気にしてないようだ。
ダルトンの元部下だが、肥った身体で豪奢な服装を好む、うちの家臣としては珍しい人間だ。
本人曰く、働いた分の倍は遊びたい、だそうで、マルガンダとソーテルヌ、ローヌに屋敷を構えている。
正妻とは別に、妾は五人。
子供はなんと二十人もいるらしい。
四十過ぎぐらいだった筈だが、まだ赤ん坊の子供もいるそうだ。
清々しいまでに、自分の欲求を隠さない辺りが、逆に気に入った。
今日の彼も、絹の服に魔物の上等な毛皮のコート、金のネックレスに、宝石が嵌った指輪までしている。
そこそこの給料を出してはいるが、彼は自分の人脈を使って金を稼いでいる。
与えた仕事に影響が出ない限りは、好きにすれば良いと、俺は思っていた。
「ソドムか。相変わらず、派手だなぁ。」
言うと、彼は肥った顔に子供のような笑顔を浮かべた。
「贅沢が好きなもので。パウロも、久しぶりだなぁ。」
ホント、相変わらずだよ。お前。
嫌味がまったくないあたり、他とは違う意味で、稀有な存在だ。
ちなみに、ソドムはパウロと仲が良い。
何故かは、知らない。
多分、知らない方が良い。
主に、パウロの嫁的な意味で。
マルガンダで休みが合うと、よく二人で何処かに出かけているのを、知っているぐらいだ。
「お前も、買いに来たのか?」
「はい。使用人が足りませんので。サンテミリオンに、別荘でも建てようと思うのですが、人が集まらない事には、どうにもなりません。」
まだ、家建てんのかよ。
「そうか。」
「アルマンド様も、買いに来られたので?」
「あぁ、旅に必要でな。ちょっと供が少な過ぎた。」
「そうですか。しかし、随分と顔色が良くなられた。いっその事、キートス殿あたりを連れて行かれてはどうです。彼の顔色も、最近は酷いもんです。」
言ったソドムの顔は、健康的な赤ら顔だ。ちょっと汗ばんですらいる。
体型は、健康的とは言い難いがな。
「あいつに、そんな暇はあるまい。」
「それが、結婚するそうですよ。アルマンド様とシエーナ様に倣って、一月でも半月でも嫁と旅行に行っても、罰は当たらんでしょう。」
え、マジで。
結婚すんの?キートス。
あのキートスが?
息をするかのように、仕事をしてないと、逆に発狂しそうなキートスが?
いつの間に、女なんか作ってたんだ。
「初耳だな。相手は誰だ?」
「使用人だそうです。フィリップ殿が紹介したとかで、私は会った事はありまんが。」
ほーん。
フィリップが、ねえ。
「あら、ソドムじゃない。どうしたの?こんなとこで。」
使用人選びに夢中だったシエーナが、こちらに気付いたらしい。
シエーナも、ソドムを嫌ってはいない。
吝嗇で、好色なデブだが、何故か敵が少ない、不思議な男だ。
「お久しぶりです。シエーナ様。活きの良い使用人を探しておりまして。サンテミリオンに、別荘を建てるのですよ。」
どうでも良いが、何気に侯爵の俺より別邸を持ってたりする。
まぁ、色んな人間と折衝する仕事柄、ないよりはあった方が便利なんだろうけどな。
こいつの良い所は、自分の贅沢の為に、公費を使ったりしない事だ。
別邸を建てるのはもちろんだが、移動の経費も、足りない分は自分で出しているし、折衝相手への贈答品に至っては、自分の利益になるから、と全て自腹を切っている。
「ふーん。好きねえ。サルムートに、また無理を言ったんでしょ。」
またって何だ。またって。
「とんでもない。庭の一部を、実験農場として提供する、と言ったら、喜んで協力してくれましたよ。ついでに、庭に植える花や木の苗も分けてもらいまして。良い所になりそうです。」
実験農場って、サルムートは何を育てるつもりなんだろうか。
あいつはあいつで、植物が絡むと何処までも突っ走りそうな所がある。
「程々にしときなさいよ。また、変な噂されるわよ。」
「言いたい連中には、言わせておけば良いのです。金貨が好きなのは、間違いありませんからな。」
言って、彼は笑った。
シエーナは、呆れたような顔をしている。
「ソドム、護衛も新しいのを入れるつもりなんだが。」
「紹介はできんよ、パウロ。傭兵崩れの奴隷が数人入っているようだが、そちらの方は余り伝手がなくてね。」
「アルマンド様の護衛だ。武術は俺が仕込むから、それほど腕が立たなくても、身元がしっかりしている者が良い。」
「そういう事なら、此処の奴隷なら安心して良い。アルフレッドが、怪しい者をローヌで弾いているからな。絶対とは言えないが、シュナ殿が一緒にいるんだろう?」
お仕事っぽい話になってきたので、俺はパウロを残してその場を離れた。
雑談なら大丈夫だが、こういう話を聞いていると、おかしな気分になる。
話そのものより、そんな自分が、少し怖い。
「ねえ、アル。あの子、どう?左から二番目。」
シエーナが指差したのは、茶髪に暗い灰色の瞳の、ごく平凡な容姿をした少女だった。
年の頃は、十代半ばぐらいか。
曖昧に返事をしながら、俺も奴隷として売られる者達を眺める。
悲壮な表情をしている者はいない。
それが、僅かな救いだった。