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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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閑話 二人の護衛騎士

「待たせたな。すまん、バックス。」


「どうだった?」


娼館の向かいにある茶店に、やっとイェーガーが戻ってきた。

昼過ぎに入って、もう日が落ちる頃合だ。


「悪くはなかったな。そっちは?」


「外れだ。」


舌打ちして応えると、イェーガーは嬉しそうにニヤニヤと笑う。

俺が入った部屋で待っていたのは、そこそこ歳のいった、肥った女だった。

顔も技もそれほど悪くなかったが、俺は痩せた女が好みなのだ。


もちろん、やる事はしっかりやって出てきたが。

誘われて入ったとは言え、銀貨を払ったのだ。

侯爵直属の騎士と言えど、銀貨は決して軽くない。


「一杯、奢ってやるよ。」


「どうせなら、酒にしてくれ。来る途中に、一件あっただろ。」


ちらりと見た感じ、酒場と言うよりは、食堂のような雰囲気だった。

明日は、自分がアルマンドの警護の当番だ。

深酒する訳にも行かないので、丁度良いだろう。


「構わないが、大丈夫か?」


「一、二杯で、帰るさ。」


マルガンダの北に五つある集積地のうち、今いるのは北から四つ目だ。

アルマンドの護衛を一日毎に交代して、それぞれが休みを取るようになったので、ラターシュから此処まで、もう一月以上が経った。


旅は、まだ続く。


ほとんどが、見覚えのある場所だ。

マンシュタインの指揮下で、転戦した土地が多い。

死んだ人間の顔を、思い出すような場所も幾つかあった。


「なら、行こうか。遅くなると良くない。」


立ち上がって、勘定を済まし、少し歩いてすぐ、店に入った。

時間が早いからか、空いている席が多い。


「ミードを二つ。あと、適当に摘むのを、二つか三つくれ。」


座った卓に、注文を取りに来たのは若い女だった。

今はまだ、エンリッヒ領の最果てと言ってもおかしくないこの土地に、若い女は珍しい。

此処に辿り着くまでに、随分と苦労しただろうに。


「気になるのか?」


「なにがだ?」


「あの子さ。」


嫌味のない笑顔で、イェーガーは笑っていた。


イェーガーは、そこそこモテる。

良い年頃と言うのもあるが、これでも領内では、名前が売れている。

『白弓の騎士』と言う二つ名まで持っていた。

護衛騎士になる前は、白塗りの強弓を好んで使っていたらしく、そこから来ているんだろう。


「別に。抜いた後だしな。」


以前、アルマンドが言っていた賢者モード、と言うやつだ。


「そうかい。それじゃ、まぁ乾杯」


出された杯を、鳴らして、ちびりと口を付ける。

万が一の事を考えると、今日はそれほど飲めない。

なんとなく、煽るのは勿体ない気がした。


「さて、バックス。」


イェーガーも、似たような飲み方だ。

多分、俺に合わせたんだろう。

そういう気遣いは、さりげなくする男だ。


「アルマンド様の事か?」


「近からずも遠からず。この旅で、ちょっと気になってね。」


割りと、真剣な眼をしている。

大体の話の内容は読めていた。

と言うより、いつ話すか、互いに測っていたと言うのもある。


「心を病んだ人間は、アルマンド様だけじゃない筈だ。騎士団の中にも、そういう人間がいる事は、バックスも知っているだろ。」


「まぁ、そうだな。」


「そろそろ、はっきりさせておきたい。」


イェーガーが、ミードに口をつける。

舐めるような、飲み方だ。


「この先、侯爵家は大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃなかったら、どうだと言うんだ。」


イェーガーが、この旅の護衛に選ばれた理由。

それが、なんとなくだが、この旅でわかってきた。


「主の為に、死ぬのはかまわない。私は、腐っていくのが嫌なだけさ。」


良くも悪くも、己を知っている。

こう見えて、人並み以上には利己的な男なのだ。

それが、隊の動きを乱す事もあっただろう。

煌びやかで、派手な闘いを好むだけに、どちらかと言うと地味なマンシュタインの指揮には、合わなかったのかも知れない。

パウロが率いる護衛騎士は、そんなアクの強い連中が多い。


その大多数は、パウロに文字通り叩き直されているが。


「俺のように、か。イェーガー。」


言うと、イェーガーは首を横に振った。


「お前も、心を病んでいるのは、旅をしていてわかったよ。とにかく、やり過ぎる。殺し過ぎだ。それも、残酷な方法ばかり選んで。」


そうだ。俺の心は、どこかおかしい。

だが、おかしいと自覚してからは、多少マシにはなったのだ。


夜中に突然、外に飛び出して剣を振り回すような、そんな所まで行ってしまう前に、俺はそれに気付く事が出来た。


「でも、お前が腐っているとは、私は思わない。病んではいるが、腐っちゃいない。」


「そりゃ、どうも。」


俺が、この旅の護衛に選ばれたのは、多分そんな理由だ。

別に、それほど大した事ではない。

少なくとも、アルマンドのように、弱りきるような病み方はしなかった。

ただ、魔物を殺し尽くす為に鍛え上げた、魔法と剣を振るいたい。


「なぁ、イェーガー。」


そして、それに意味を与えてくれる主がいる。

だから、自分は人のまま、人らしく生きる事ができる。


難しい事は、何もない。


「お前が腐ろうが、そこらで死のうが、俺にはどうでも良いんだ。だが、お前の弓の腕は認めてる。本当に、大したもんだ。」


ミードに、口をつける。

この酒は、町によって少しずつ味が違う。

原料になる蜂蜜に、町ごとの種類がある、とサルムートから聞いた事がある。


「だから、黙って死ね。それが、騎士だ。」


言うと、イェーガーはニヤリと笑う。


「良いじゃないか。世間が言うほど、私は英雄的じゃないんだ。」


「良くないな。侯爵家がどうなるかなんて、上の連中が考える事だ。俺らは、黙って従っとけば良い。」


「つまらない理由で、死にたくないじゃないか。」


「死に方ぐらいは、選べるさ。それに、闘うのが馬鹿馬鹿しくなるような、カスみたいな闘いは、今まで一度もなかった。」


そうだ。

死にたくて、死んだやつは、今まで誰一人としていなかったと思う。

それでも、誇りを持ったまま、逝く事ができた筈だ。


「そこに関しては、私も信頼してるけどな。」


イェーガーは、まだ話足りなさそうだ。

そこそこ女にモテる、騎士でありながら浮いた話を聞かない理由。


それが、何と無くわかった気がした。

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