次の町へ。
ラターシュから、やや西寄りに南下すること三日。
街の建設に使う、資材の置場に到着した。
銅の鉱山になる予定である山の麓にあり、すぐ近くに町の建築も始まっている。
小高い丘から見渡すと、町がおまけのように見えてしまう程度には、大規模な集積地だ。
ナヴァレの丘を思い出させる、広大な倉庫群と、長大な厩舎。
厩舎の向かいには、資材運搬用の大きな荷馬車が並ぶ。
建物に入りきらない木材や石材の山。
運河を掘った時に出た土砂も集められている。
警護は、エンリッヒ領にやってきた傭兵団を丸ごと雇い、委託していた。
侯爵家から出しているのは、書類の管理をする者が数名程度で、この集積地で動く金銭も、ローヌに支店を出した商会が差配している。
既に領内の物流は、侯爵家が管理できるような規模ではなくなっていた。
ただでさえ、サンテミリオンの開拓に注力せねばならない時期なのだ。
ローヌの開拓から現場で開発に携わっていた者達が、こういった起こり得る問題がわかりやすく、対処しやすい事業の委託を進めている。
「よくこれだけ集まったもんだな。」
パウロの呆れたような声。
物資の購入で、入ってくる金貨の半分ほどが消えていくんだからな。
呆れる規模にもなろうと言うものだ。
「これでも、足りないそうだがな。」
そう。足りないのだ。
必要な物資の半分にも達していない。
サンテミリオンに、かなりの物資を取られていて、生産拠点の増設を急がねばならない。
その辺りは、ダルトンとアルフレッドが二人で推し進めていた筈だ。
「行きましょ。宿を探さないと。」
シエーナは、何処か白けた感じだ。
まぁ、女だしな。
こういう倉庫と資材が大量にあっても、すげーッ!とかないんだろう。
倉庫群を抜けて、町へ向かう。
町へと続く道は石畳で舗装され、側溝まで掃除がゆき届いている。
結構な頻度で、側溝の底を浚う男が往き来していた。
「ここまで混むんだな。」
「野宿もあり得ますね。」
「それは構わないが、町は見ておきたいな。」
「賑やかでしょうね。ここまでになると。」
「あら、ハリーそう言うとこ好きなの?」
「ええ。何もない原っぱだった頃を、見ていますからね。人で賑わう場所がある、と言うのは感慨深いものがあります。」
「静かな村とか、そんな場所の方が好きそうだと思ってたんだけど。」
「奥様、もしかして、私の事を根暗だとか思っておられますか?」
「根暗って言うか、なんと言うか、魔法医の人ってそう言う人が多いんじゃない?」
「いえ、それは完全に偏見です。人によります。」
町の入り口は、かなりの行列ができていた。
暇潰しなのか、シエーナとハリーがどうでも良い事を、くっちゃべっている。
「どうされました?アルマンド様。」
「いや、ドワーフいないかなぁ、と思ってな。一度会った事はあるんだが。」
辺りを、きょろきょろと見渡していた俺に、バックスが声をかけてきた。
まぁ、暇なんだろうな。
警戒する、と言ってもこれだけの人がいると、シュナの一党も紛れ込み易い。
ちらちら、と見覚えのある顔が、先ほどから往き来している。
そちらに、警護を任せているのだろう。
パウロ達は、街中や旅の道中は、気を抜けない時の方が多いのだ。
彼らも、人間だ。
張り詰めてばかりだと、もたない。
「あぁ。おそらく、町そのものを別のところに作ってるんでしょう。同じ場所で生活するのは、お互いにとって良くない事が多いですし。」
ほう。いない訳じゃないんだな。
出来れば、この旅で他の人間種族の事も知りたい。
特にエルフと、ドワーフ。
折角この世界に生まれたのだから、もうちょっとそういう成分があっても良いと思うのだ。
前にドワーフに会った事はあるが、ちっちゃい髭面の酒臭いおっさん、と言う印象しか残ってない。
ドワーフと言えば鍛治。
鍛治と言えばドワーフ。
ドワーフの鍛治場とか、ものすごく覗いてみたい。
「ローフェンの駐屯地には、ドワーフがいたようだが。」
「あそこは地下にドワーフの駐屯地があるんですよ。騎士団に従軍するドワーフは、先に自分達の拠点を作ってしまうんです。やり取りするのも、それぞれの代表者同士だけで、ほとんど交流する事はないですね。」
ほーん。
そんなもんなのか。
そういった事は、現場に任せているので、俺はほとんど関知していない。
視察の時は、継戦が可能なのか、アンデッドをなんとかできるのか、と言う事しか見てなかった気がする。
「たまに、変わり者のドワーフもいるようですが。ローヌに、石工職人のドワーフが住んでいる噂は、聞いた事があります。」
それは初耳だ。
是非会ってみたい。
「それ、私も聞いた事がありますよ。と言うか、マルガンダのお屋敷に、彼が作った石柱があった筈です。」
御者をしているオーズだ。
なんか、久しぶりに声聞いた気がするな。
「石柱って。石像じゃなくて、か。」
ただの飾りみたいなのは、極力置かないように指示したの、俺だけどさ。
なんか、残念な事実に感じられて仕方ない。
「置くなら、石像よりも先に肖像画でしょう。アルマンド様も、シエーナ様も、お若い内に何枚か描いてもらいましょうよ。」
「うちの領地に、画家なんかいるのか?オーズ。」
いないだろうな。
「それは、やはり王都の画家を呼ぶ事になるのではないでしょうか。侯爵とその奥様の肖像画ですから。当代随一の画家に描かせないと。」
やっぱ、いないわな。
まぁ、そりゃそうだ。
絵を描く暇がありゃぁ、麦作れって話になるもんな。
ローヌになら、無名の画家ぐらい居そうだが。
「遅い。」
パウロが低く呟いた。
さっきから、随分と苛々してらっしゃる。
誰も触ろうとしない。
「まだあったかなぁ。」
シエーナがごそごそと、馬車の荷物から何かを探していた。
多分、ラターシュで買った、干した果物だ。
シェバリでの反省を活かして、小腹が空いた時用に確保したのだろう。
将来、サラのような恰幅の良いおばちゃんにならないか、ちょっと心配だ。
当の本人は、見つけたそれを、周りに分け与えながら、美味しそうに食べている。
今日も、平和だ。