バルザック・セグラ
やっちまった。
予約投稿せずに、投稿しちゃいました。
消し方わかんないので、このままいきます。
本日二回目の投稿です。
ハリーのお供をしていたと言う、バルザック・セグラは、気持ちの良い男だった。
まず、裏表がない。
言動は一見すると荒っぽいが、所々で細かい気遣いをしているのがわかった。
そして、その髭面からは想像できないほど、料理が上手い。
「なるほどな。」
「そうでしょうとも。」
俺の声にハリーが、したり顔で返してくる。
怪我の具合も良くなり、今朝ラターシュを発った。
傷跡が生々しく残っているが、皆の態度は変わらない。
ハリーの馬は、俺が自らラターシュの馬市で買い求めた。
少し痩せていたが、良い馬だ。
馬体がもう少しがっしりすれば、よく駆けるだろう。
バルザックは、馬車の荷物の上で昼寝している。
彼は馬に乗れない。
魔物に襲われた時も、自衛は出来ても、積極的に狩る事はしない。
だが、魔物や人がいた痕跡を見つけるのは誰よりも上手かったし、彼が寝ている間は獣一匹見かける事はなかった。
別に雇った訳ではないので、昼寝していようと、なんだろうと文句を言うやつはいない。
「魔物には、縄張りがあるそうですよ。血に引き寄せられたりしない限り、そこから出てくる事はあまりないそうです。」
「ふーん。」
再開した旅は、順調である。
と言っても、初日だが。
北の最前線であるラターシュから、十日ほど西に向かい、やや東寄りに南下する。
マルガンダの側を通って、ローヌ河を渡れば、サンテミリオンと名付けたサルムートが開墾している地域に入る。
そこからローヌへ向かうまで、二月ほどか。
マルガンダから見て、西北西の地域は、余り村落はない。
山地や、丘陵地帯が南部や東部に比べて随分と多く、農耕に向いた土地が少ないのだ。
その代わり、幾つか有力そうな鉱山と、地下迷宮化した洞窟などが見つかっている。
その為、屯田兵の駐屯地が幾つかと、ドワーフ用の資材置場があるぐらいだ。
将来的には、ラターシュのような傭兵や冒険者、炭鉱夫など、荒くれで賑わう工業都市群になる予定だ。
他にも、騎士団の大規模な練兵場も、この地域に造る筈だ。
「おい、侯爵殿。来るぞ。」
いつの間にか、起きていたらしいバルザックが、すぐ傍にいた。
「多分、ラットウルフの群れだ。斥候に行ってた、あのにぃちゃん達、何やってんだ。」
苦々しげに言ったバルザックは、もう既に剣を抜いていた。
「人の方を警戒していたんでしょう。ある意味、私達はそちらの方が怖い。」
特に緊張した様子もないハリーが、バルザックを宥めている。
ラットウルフは、普通の狼よりふた回りほど小さい。
丁度、小型犬のような感じだが、魔物が人に懐く事は例外を除いて殆どない為、愛玩には向かない。
グレーの毛皮に、身体の割に発達した犬歯、狡猾で素早い動き、そしてウルフと名付けられているにも関わらず、臼歯もしっかりあり、雑食である。
やや肉食を好むが、食欲よりも性欲が旺盛なようで、群れるととにかく数が増える。
鳥系の魔物と、擬態した植物系の魔物が天敵であり、普通はそれほど増える事はないのだが、この辺りでは傭兵が定期的にその天敵を狩ってしまう為、将来的には専属の間引き部隊が必要になるだろう。
「申し訳ありません。取りこぼしました。」
馬を疾駆させて戻って来たイェーガーが叫ぶ。
馬車の中から、矢筒と強弓を引っ張りだすと、よじ登って矢をつがえた。
鏃の先で、パウロとバックスがやりあっている。
「侯爵殿、剣ぐらい抜いとけよ。」
その様子を、ぼんやり見ていた俺が気に入らなかったのか、バルザックは苦い表情のままだ。
「あいつらに任せときゃ、大丈夫さ。それにしても、気付くの早かったな。」
「遠吠えが、風に乗ってきた。風上でやるのは間違っちゃいねえが、戻って来たら意味ねえよ。」
耳も良いんだな。こいつ。
「十二匹、か。イェーガー、此処に来るまで何匹仕留めた?」
「二十四だ。ハリー殿。奴らのねぐらが、近くにあったんだろう。」
あぁ、穴掘ってそこに住むらしいな。
それで、見逃した訳か。
それにしても、パウロだって元冒険者だろうに、バルザックが優秀って事なんだろうか。
「進路を、少し南にずらしましょうか。バルザック、イェーガーの馬を牽いてきて下さい。イェーガー、馬車を動かしても、射抜けるな?」
ハリーがテキパキと仕切っていく。
俺とシエーナは、武器すら手にしていない。
久しぶりに、正しく貴族をしている気がする。
馬車に乗らないで、騎乗してるけど。
馬車がゴトゴト動き出す。
遠くで、パウロ達がラットウルフとやりあっているのが見える。
かなり遠いので、どの程度の戦いかはわからない。
パウロの剣と、バックスの魔法が、時折煌めいて、それはよく見えた。
「先に抜けてしまいましょう。何かあっても、イェーガーと私がいれば時間稼ぎぐらいはできるでしょう。」
あの規模で、ラットウルフの群れがいると言う事は、それほど大した魔物がこの周辺にいない、と言う事なのだろう。
ラットウルフは、その程度の魔物なのだ。
せいぜい、群れでホーンラビットを狩るぐらいか。
群れの規模によっては、ゴブリンなんかとも良い勝負をする。
あの二人には、物足りないぐらいだろう。
「無茶苦茶だな。あの二人。」
バルザックは、驚いているようだ。
「うちの騎士の中でも、ずば抜けて強いからな。あの二人は。」
矢が風を切る音。
イェーガーの援護射撃が始まったようだ。
並の弓では、届きすらしない距離だが、イェーガーはとてつもない強弓も引ける。
本人曰く、力ではなく技らしい。
「普通は、魔物が出たら避けるか逃げるかするもんだぞ。」
「エンリッヒ家に、それは許されなかったからな。住む家や明日の食べ物云々の前に、魔物の討伐が最初の仕事だった。」
ローヌ峡谷の、飛竜討伐に始まり、多くの者がその戦いの過程で死んでいった。
一個体が人よりも強い魔物に、寡兵で立ち向かわざるを得なかったのだ。
パウロはともかく、バックスとイェーガーは、その数々の戦いを生き残った男達だ。
そこらの騎士とは、違う。
「正気の沙汰じゃないな。」
その通りだ。
ある種の狂気で、俺達は乗り切ってきた。
それは、今も魔物と戦い続けているマンシュタインを始めとした、騎士団の面々だけではない。
フィリップやキートス、ダルトンなど、初期の開拓を裏側から支えた者たちも、そうだ。
多分、俺もその例外ではない。
こちらに生まれた頃、将来は家臣に領地を任せて、悠々自適の生活を送ろうなどと考えていた時が懐かしい。
そう言えば、前の人生は過労で死んだんだったか。
元々、楽して生きると言う事に、向いていない性格だったのかも知れない。
地球の、日本と言う国で生きていた人生も、今は遠い。
思い出すのも、久しぶりだった。
「おい。どうした。」
バルザックが、不思議そうに首を傾げている。
「すまん。考え事をしていた。」
「喋りながら考え事かよ。」
「色々と、勉強させられるからな。バルザックには。」
「ふーん。」
言って、彼はあらぬ方向を向いた。
照れているらしい。
聞いていたのか、ハリーのくっくと笑う声が聞こえる。
シエーナも、微笑んでいた。
「お。終わったようだな。」
馬車が止まり、イェーガーが降りてきた。
ラットウルフの肉は食えない。
遠くで、黒い煙があがり始める。
酷く穏やかな時間が、ただ流れていく。
俺は、ぼんやりと、空に広がる黒煙を見つめていた。