ハリー合流
「以上で、シュナから上がっている報告は終わりです。」
ハリーが、羊皮紙をくるくると丸めながら、言った。
さも当然、といった風に俺の部屋に入り浸っている。
「それは、まぁわかったんだが。」
「外出はあと二日、お身体の様子を見ましょう。この街を出るのは、どれだけ早くとも五日後。よろしいですね?」
シエーナを攫った犯人は、捕らえる事が出来なかった。
敵は手練れ揃いで、手を抜けばこちらがやられていた、と言うのがシュナとパウロの意見だ。
俺が数合でも打ち合えたのが、奇跡的なほどらしい。
結局、確定できた事項は余りに少なく、俺達は命を狙われている、と言う事実だけが残った。
幸いな事に、俺以外で動けなくなるような、大怪我をしたやつはいない。
シエーナとバックスが擦り傷を負ったぐらいで、その傷もハリーが魔法で治してしまったそうだ。
「医者みたいだな。ハリー。」
「みたい、ではなく、医師なのですが。」
俺の言葉に、ハリーは苦笑して応えた。
なんと言うか、大人の余裕ってやつを感じる。
ハリーが此処にいたのは、運が良かった。
俺達がマルガンダから旅立つ一月ほど前に、ローヌに到着した彼は、エンリッヒ家に帰参を果たす前に、お供を一人連れて領内を見て回っていたそうだ。
なんでも、領外の噂と現実のエンリッヒ領を、自身の眼で見て回りたかったと。
どうだった?と聞くと、彼は笑って言った。
十年足らずで、よくぞここまで、と。
「付いて、来るのか?」
言うと、ハリーは笑みを深くした。
「無論です。」
目が笑ってない。
「あら、良いじゃない。仲間は増えた方が賑やかになって良いよ。」
シエーナが、口を挟む。
彼女も、俺と同じく、この宿に缶詰である。
パウロとイェーガーは、シュナの一党と共に進路の安全確認で出かけている為、この街にいない。
パウロが、これからの旅はより慎重を期すとかなんとか言ってたので、その一環だろう。
護衛騎士を増員したがったが、それは断った。
だが、どういった具合に俺を守るかは、パウロに全て任せてある。
多少の不自由も、あんな事があったのだから、仕方ない。
あの屋敷にいる事に比べれば、どうと言う事はないのだ。
「それに、ハリーさんは結構旅慣れてるんでしょ?」
「呼び捨てで、結構ですよ。奥様。」
シエーナとハリーは、面識がなかった。
エンリッヒ家に嫁いできたばかりのシエーナは、最初の頃はそれらしく振る舞おうと、無駄に尊大な所もあった。
最近は、大分と肩の力も抜けて素でいられるようだが、そうなるとハリーとの距離感が掴めないらしい。
フィリップが、自分の後釜に、と一度は見定めた男だ。
俺が死ねば、エルロンドの後見役になる男でもある。
「ごめんなさい。追い追い慣れていくから。」
「臣下に、謝る必要もございません。わかった、の一言で結構です。」
「わかった。」
うへぇ。
なんか、俺が子供の頃のフィリップみたいだな。
「そういや、お前のお供ってのはどうしたんだ?」
助け舟を出すと、シエーナがあからさまにホッとしましたよ、と言う顔をした。
また突っ込まれんぞ。お前。
「彼は、パウロに付けております。使い物にならなければ、放り出して良いと言ってありますが。」
「護衛は、これ以上いらん。」
「生粋の冒険者ですから、そういった事は不向きなのですが。まぁ気に入られますよ。アルマンド様も。」
どういうこった。
まぁ、良い。
とりあえず、ねむたくなってきた。
やっぱり、まだ身体が回復しきってないらしい。
少し身体を起こして話すと、すぐこうなる。
「すまない。少し、寝る。」
言うと、ハリーはゆっくりと頷いた。
話しながら、察していた、と言うより回復具合を測っていたのだろう。
「かしこまりました。バックスを控えさせておきますので、御用がありましたら、彼に。私は少々出かけて参ります。」
「一人じゃ危ないわよ。攫われちゃうし。」
シエーナ、お前が言うな。笑えん。
「これでも、腕を磨いたんですよ。奥様。」
あぁ、なんかパウロが言ってたな。
そこそこ、強くなったみたいな事。
シエーナと、ハリーが何か喋っている。
その声が、段々と遠くなる。
夢は、見なかった。




