シュナの魔法。
アルマンドの顔から、血飛沫が舞った。
主君が斬り下げられ、仰向けに崩れ落ちるのを、俺は見ているしかなかった。
不可視の壁を張り巡らされ、どうにもならない。空間魔法の一種だ。
シュナが反対魔法でのレジストをかけているが、僅かな時間さえ今は惜しい。
アルマンドの傷は、おそらく浅い。
男の踏み込みが甘かった。咄嗟に、剣を振るったのだろう。
顔の傷は、浅くても血がよく出る。
躓いたのが、逆に良かったのかもしれない。
だが、今すぐに行かねば、首を落とされるのは確実だ。
「シュナ、まだか。」
バックス、イェーガー、そしてシュナ。
この旅の護衛は、エンリッヒ家中から選び抜いた者ばかりで、この忌々しい不可視の壁さえなければ、すぐにでもアルマンドを救えると言うのに。
苛立ちを、抑えられない。
「お前だけは、通せる。まず、あの魔法使いをなんとかしてくれ。」
シュナは、魔法を使える。
今まで知らなかったが、十二柱全ての魔神と親和性があり、四大元素の全て、空間、時間、闇の系統に適性がある。
魔法使いとしての道を歩んでいれば、まず間違いなく大魔導師と崇められていただろう。
どうして、忍びとして生きているのか、よくわからんが、表の世界では生きていけない事情があるのかもしれない。
「 早く、やれ。」
「間違っても、仕損じるなよ。」
「やかましい。」
言った瞬間、俺の眼前から、結界が失せるのがわかった。
同時に、駆け出す。
俺は、音で魔法を聞き分けられる。
耳の奥に魔力を流すと、魔法によって様々な音が聞こえるのだ。
普段、街中などでこれをすると不協和音が入り乱れ、すぐに頭痛がするが、冒険者時代はかなり役立った。
「イェーガーッ!」
叫ぶと同時に、俺の背後から矢が飛び、剣の男の腕に矢が突き立った。
魔法使いの方は、弾かれた。
身を護る魔法を仕込んでいたようだ。
魔法の腕だけでなく、頭の方もそれなりにキレる。
刺客として、厄介極まりない。
ここで、殺しておくべきだ。
呻き声をあげる剣の男は無視して、魔法使いの男に駆け寄った。
斬り下げる。
魔法使いの首筋に到達する事なく、刃が止まった。
おそらく、空間魔法で自分の周囲を固定していて、剣が通らないのだろう。
不敵な眼をして、ニヤリと笑っている。
だが、空間を固定していれば、呼吸がもたない筈だ。
「パウロ。」
アルマンドの弱々しい声が聞こえた。
後頭部から、倒れたのだ。
立てはしないだろう。
振り向き様に、剣の男を斬り倒した。
手負いでなければ、何合か斬り結ぶ事になっただろう。
それなりに手練れなのは、対すればわかる。
「気を抜くな。パウロ。多分、増援を呼んでる。」
血塗れの顔で、アルマンドは立ち上がった。
足がふらついているが、眼の力は失っていない。
見上げたものだ。
気力だけで、立ち上がった。
武術に関して、これといった素質はないが、時折見せる非凡は、畏怖に値する。
「シエーナ様も、俺の傍を離れないで下さいよ。」
「正面と後ろに、魔力の歪みが見える。人が来るとも、限らんぞ。」
魔眼だ。
アルマンドが持つ、数少ない技能の一つ。
魔眼持ちは、実は希少なのだ。
騎士団にもそれほど多くはいない。
軽く頷き、魔法使いから距離を取る。
俺が、この忌々しい男を討つのは、諦めた。
ろくに動けもしない人間が二人。
守るだけで、精一杯だ。
転移の瞬間、シュナ達に何を出来るかに賭けるしかない。
「来るぞ。」
アルマンドの呟きが聴こえてすぐ、空間が揺らぎ、次いでその歪みから十数人が姿を現した。
二三人、獣人が混じっている。
揃いも揃って、そこらの賊よりよほど腕が立つ。
そこいらのチンピラとは、明らかに違う。
「轟く滅びの咆哮、青と白の光よ。我が行手を阻みし者を誅す雷撃、天を統べるゼヴァムスの剣。」
シュナの詠唱が聞こえる。
普段よりも、高く澄んだ歌声のような、滑らかな詠唱。
「ベリッシュライトニング。」
視界が暗転する。
そして、世界が崩れる音がした。