救出と侯爵の危機。
魔法の扉を潜ると、そこは山の頂きだった。
風が、強い。
遥か遠くに、街並みが見えた。
辺りは岩ばかりで、なんとも荒涼とした土地である。
そして、囚われたシエーナがいた。
竜の鳴き声のような音が、常に聞こえている。
おそらく、ローヌ峡谷のどこかだ。
谷の底ではなく、頂の方だが。
「アル。」
シエーナの悲鳴に似た叫び。聞こえた瞬間、身体が勝手に動いた。
シエーナは、一抱えある岩に、鎖で縛り付けられていた。
抵抗したのだろう。髪と衣服が乱れている。
犯人は、すぐ横に立っている男か。
顔を隠していて、目だけを出している。
いかにも忍びといった風情だ。
剣を、抜いた。
抜き打ちで、斬りあげる。
手応えはない。
皮一枚ほどで避けられた。
振り上げた剣を、そのまま斬り降ろす。
忍びが、仰け反って避け、そのまま数歩後ろに下がった。
「どこの手の者だ。」
殺す。殺人。
その行為に、一切の戸惑いを覚えなかった。
当然だ。
こいつは、この男の背後にいるであろう人間達は、それだけの事をした。
男は、応えなかった。
いや、矢を放ってきた。
何処かに、小さな弩でも仕込んでいたのだろう。
辛うじて、斬り落とした。
完全に、まぐれだ。危ない所だった。
避ける訳には、いかない。
男から、シエーナを庇う位置に、俺は立っている。
それに、こいつは魔法使いじゃない。魔眼で見る限り、魔法を使う素振りはなかった。
どこかに仲間が潜んでいる。
剣の鋒で、シエーナの鎖を斬り落とした。
「何人いる?」
「わからない。三人はいたと思うんだけど。」
そんなにいんのかよ。
忍びが、驚いたように目を見開いた。
「飾りで」
最後まで言わせず、踏み込み、突きを放つ。
問答は、無駄だ。
こいつは、シエーナを攫った。
殺せる時に、殺す。
油断していたのか、男の喉に鋒が容易く吸い込まれていく。
「アル。」
忍びの喉に、突き立てた刃を引き抜き、振り返った。
三人、いる。
剣が二人と、魔法使いらしき徒手の男。
魔法使いは、指輪などのアクセサリーを発動体にしているんだろう。
スタンダードではない、と言う事はそれなりに特殊な魔法の使い方をしてくる筈だ。
転移の魔法が使えると言う事は、空間系統の魔法か。
厄介な相手だ。
「シエーナ、逃げろ。」
言った時には、駆け出していた。
勝てずとも、シュナ達が来るまでは、粘ってみせる。
これ以上、この下衆共にシエーナを触れさせてたまるものか。
「我が名はアルマンド・エンリッヒ。首に、不足はあるまい。」
魔法使いの男が、詠唱を始めていた。
こいつの魔法は、さっさと潰さねばならない。
だが、剣の二人が、前に出てくる。
横薙ぎに、剣を使う。
俺の剣を弾こうとした、男の剣が羊羹の様に斬れる。
そのまま、男の肩を深く斬りつけた。
男の眼は、驚愕で見開かれていた。
本来なら、俺よりも剣の腕は数段上だろう。
「アルマンド様。」
パウロの叫び声。
どうにか、辿り着いたか。
振り返りそうになったが、もう一人の男が斬りかかってくる。
咄嗟に、後ろに下がった。
上からの斬撃。
見えている。
だが、足元の衝撃と同時に、視界が回った。
岩に躓いた。
なんと無様な。
男の剣先が、ゆっくりと迫ってくる。
これは、死んだな。