貴族になったよ。
それから三日後、俺達は王都へ向かった。
三日も街に留まったのは、俺に無理をさせない為だ。
毎日毎日穴を掘っていたので、体力にはそれなりに自信があったが、フィリップ曰く、体力ではなく魔力で無理矢理身体を動かしているだけで、身体の方は衰弱しきっているらしい。
病気でも同じ事が起こるらしいが、普通は命の危険を身体が感じ取らないと魔力が体力に変換される事はない。
逆に言えば、今の俺は命に関わるような状態と言う事だ。
余り自覚はなかったが、俺は三日間ベッドで大人しくしていた。
オーガスタが治療魔法を使える医者を雇ってくれたので、三日だけで済んだのだが、普通は一ヶ月は絶対安静な状態だそうな。
暇な時間は、フィリップと話しをした。
両親の話しや、旧エンリッヒ領の話し、一緒に隠棲した元家臣達や、どうでも良い雑談なんかだ。
あと、母親の遺書も、もらった。
唯一の形見だ。
夜、一人で読んで、一人で泣いた。
さて、王都である。
道中、街や村に寄って二、三日休養をとっては次の目的地に、とかなり遅いペースだったので半月かかった。
俺はちょっとだけ太った気がする。
オーガスタが雇った魔法使いの治療が良かったのだろう。
フィリップ曰く、だいぶ顔色も良くなってきたそうだ。
王都に着くと、さっそく王宮からお呼びがかかった。
いよいよ、エンリッヒ家再興の時だ。
親父も、少しは報われるだろう。
式典は特に粗相する事もなく、無事終わる。
国王陛下に男爵にしてやんよ、と言われ、俺が、ははーっありがたき幸せみたいな、だいたいそんな感じ。
ただ、領地については適当な土地がないらしく、しばらくお預けとなった。
オーガスタ神のお告げによると、俺には金はあっても家臣がいないので、今のうちに集めとけよって言う陛下の配慮らしい。
期限はだいたい一年だそうだ。
ま、フィリップに任せときゃなんとかなるだろ。
そう思って丸投げしようとしたら、断られた。
「末端の者なら私の独断でもかまいませんが、アルマンド様の側近は御自身で選ばれた方がよろしいかと。」
俺には、フィリップがいりゃ充分なんだがな、と言いたかったが、彼一人に任せるのは、後々いらん嫉妬の種にもなるんだろう。
親父が死んだ遠因にもなったんだ。嫉妬を侮っちゃいかん。
「従士長、事務長は最低でも欲しい、か。」
そして、家宰であるフィリップがまとめれば良い。
「従士長は、武芸の技倆よりも指揮能力がモノを言います。出来れば、戦闘経験が豊富で若い者に睨みを効かせられる人物。事務の方は、実務は当然ですが物事を俯瞰できる視野の広い人物が理想ですな。」
うへぇ。
そんな人がウチに来てくれんのかよ。
それだけ能力がありゃ仕官先には困らないだろうに。
と、思ったがそうでもないらしい。
野に埋れてる人材なんて実はうんざりするほどいるので、選び放題。
むしろ、仕官希望者が既に何人か問い合わせてきてるようだ。
今はオーガスタの屋敷に居候してるので、ラフィット家の執事が追い払ってるらしいが。
「それなら、治療の魔法が使える魔法使いと、俺の護衛に腕が立つのを五人ほど、信頼できる者も雇いたい。」
「かしこまりました。が、その前に私と共に隠棲した者達を呼んでもよろしいでしょうか?」
「当たり前だ。」
親父の数少ない遺臣達だからな。
ってか、まだ呼んでなかったのか。
その後、一月かけてフィリップの一次面接を経て、実技試験、俺と二次面接し、最終的に予定よりも多い十名を採用した。
従士長に採用したのは、マンシュタイン・ランシュムーサス。41歳。
特筆するほどの能力はないが、模擬戦で見せた、戦場を見通す広い視野と落ち着いた物腰、しっかりと型に嵌った剣術が気に入った。
ランシュムーサス子爵家の傍流で、元は傭兵隊長であり、見識や実積、教養も文句無し。
部下の育成にも能力を発揮してくれそうだ。
事務長には、キートス・ダルマイヤック。
32歳。
ラフィット家の御用商会を運営するダルマイヤック家の次男坊で、オーガスタの紹介である。
商才はまるでないらしいが、事務処理能力と分析力は非常に優秀であるらしい。
実家とは仲が悪いわけではないのだが、商人なのに商才がなく、そのくせ持ち前の分析力で理由付けしてくるため、言い訳がましく聞こえてしまい、ギスギスした関係になっているそうだ。
いっそのこと転身してしまえ、との神のお告げによって当家に仕える運びとなった。
護衛には当初の予定より一名増えて六名。
中でもズバ抜けた力量を持っているのが、パウロ・カスティオンだ。
27歳と若いが、剣、槍、斧、弓にそれぞれ一流の腕をもっていて、少人数ではあるが、チームのまとめ役の経験も持っている。
冒険者ギルドに所属していて、本人はまだまだ現役でいたかったそうだが、恋人が妊娠した為、仕官先を探していたそうな。
一応、こいつもカスティオン男爵家の傍流と貴族の血が流れている。
更に情報官として、シュナと言う男をフィリップが連れて来た。
年齢、出自、経歴、一切不明。
暗殺から飛脚までなんでもござれ。いわゆる忍者である。
見た目、ふつーの服着たふつーのおっさんだけど。
最後に、俺専属の執事として、ハリー・ボーモン。
20歳と若い。家臣団の中では最年少であるが、これまたフィリップが将来有望と言って連れてきた。
ボーモン準男爵家の五男で、ダルマイヤック商会にいたらしい。
一応、それなりに治療の魔法が使える。
それだけで飯を食える程じゃないそうだが、風邪程度なら一発で治してしまうそうだ。
その他にフィリップと共に隠棲した者達が数名いるが、今回は割愛する。
とにかく、これで寄せ集めだが家臣団は出来上がった訳だ。
この採用試験の合間に、フィリップは王都の屋敷の手配までしていて、男爵家としてはやや大き過ぎるぐらいの屋敷を手に入れていた。
家臣一同、ここに住む事になるし、これから雇う使用人も住み込みを希望するかもしれないので、大きめの屋敷を用意したそうな。
ランクで言えば、侯爵家の屋敷としても遜色がなく、現状では少々持て余し気味なんだけどな。
フィリップが言うなら間違いない。
【従士】
貴族家当主の個人的な私兵。
主に当主及びその家族の警護を担当する。
また、騎士団における幹部候補は、従士からキャリアをスタートさせる事が多い。
【騎士】
貴族家における私兵。
領地の治安維持を主に担当し、戦争時にも従軍する。
【事務長】
家宰直属の部下。次期家宰がこの職にある事が多い。
貴族家当主の政務に付随する実務的作業の統括を行う。
【執事】
貴族家当主の私的秘書。
当主が所有する財産の管理や、政務の助言などを行う。
また、家宰候補は、執事からそのキャリアをスタートさせる事が多い。