焦れる心。
嫌な予感がする。
シュナと、少しだが打ち合わせをし、魔眼を開いた。
俺の魔眼は、人の多い所で全開にすると、様々の色の靄がかかって、何も見えなくなる。
だが、眼球に通す魔力を絞れば、顔を判別できるぐらいの視界はあるのだ。
魔法で何かされる前に、こうしておけば感知しやすい。
ついでに、魔法系のトラップ対策にもなる。
腰には、遺跡から発掘した純ミスリルの剣。
炎が吹き出したり、雷を纏ったりといった浪漫ある能力はないが、ミスリルの魔力が全て斬れ味に注がれている逸品である。
斬鉄の技術など持ち合わせてはいないが、ただの鋳鉄ぐらいならば豆腐のように斬れるし、下手に扱えば、鞘すら斬ってしまう。
黒麒石のような、魔力が通用しない物質相手には、勿論通用しないか、まぁそんなものを持っている奴はそういない。
うちで出た黒麒石は、オーガスタ神に売ったしな。
彼の販売ルートは、東の砂漠やその先の帝国にある。
王国内で、流通している事はまずないだろう。
昼過ぎになっても、ラターシュの市場は人が多かった。
だが、人に見るべきモノはない。
魔道具、それも一見ソレとはわからないようなモノ。
シュナがイェーガーから聞いた所によると、隣にいた筈が、忽然と消えたらしい。
シュナ曰く、手段が魔法や魔道具以外に無いわけではないが、探知系魔法に優れているイェーガーのすぐ傍では、それらを使用するのは、ほぼ不可能と言って良いそうだ。
シエーナの姿を探して、市場の人を掻き分ける。
何故か、死骸になったシエーナと高笑いする豚公爵、そして泣いているエルロンドが、頭に浮かんだ。
不吉な。
大丈夫だ。
シエーナはあれで、そこそこの護身術を身につけてるし、俺と違って人並み程度には魔法を使える。
すぐに、どうこうなる事はない。
ない、と信じる。
不意に、俺の魔眼に扉が映った。
赤の魔力で出来たそれは、所々歪んでいるが、扉だ。
よく見ると、俺が進む方向にスライドして動いている。
この中に、入れと言う事か。
ゴキブリみたいな扱いしやがって。
多分、別空間への扉だ。
転移魔法と呼ばれる系統で、中々難しい魔法だった筈だ。
この世界の魔法は、神界にいる古い神を力の根源としているので、四大元素から成り立たない魔法、時間や空間、重力などと言った類の魔法は格別扱いが難しい。
どうも、それなりの魔法使いが、あちらにはいるようだ。
人混みの先にあるそれに、不自然にならないよう、辺りをキョロキョロと見渡しながら近づいていく。
シュナの手の者が数人、いる。
多分、遠巻きに護衛させていたんだろう。
他に、怪しいやつはいない。
やはり、あの先か。
剣の柄を、握っていた。
人を斬った事はない。
この剣なら、容易く両断できるだろう。
剣の腕も、良くはないだろうが、悪くはない筈だ。
シエーナが、あそこにいる。
捕らわれているのなら、捕らえた者を斬らねばならない。
あるいは、斬られる。
どちらでも良いが、とにかくシエーナが逃げる時間は作らねばならない。
扉は、もう目の前にあった。