消えた侯爵夫人
宿から、それほど離れていないレストランで、俺は一人で皆を待っていた。
石造り、と言う訳ではないが、しっかりとした内装で、それなりに格式ある店なのだろう。
個室も幾つかあり、俺はその一つでぼんやりとしていた。
この街では商人が好んで使っているようだが、生憎個室なので店の様子はわからない。
個室がある、と言うのが商談なんかに使うのにはポイントが高いのかも知れない。
まぁ、なんにせよ、暇だ。
結構経ってる気がするんだがな。
「君、すまないが、何か飲み物を頼む。」
何も頼まずに、じっとしてるのも気が引けるので、ウェイターに声をかける。
チラチラとコッチ見られてたし。
それにしても、遅い。
市場で見つけるのに手間取っても、こんなに遅くはならない筈だ。
少し、心配になってきた。
イェーガーが付いてるし、大事はない、と思うんだが。
「殿。」
「シュナか。」
いつのまにか、個室の隅に片膝ついて畏まるシュナ。
まぁ、いつもの事だ。
それは、良い。
何故、ここにいる。
いや、何故、姿を見せた。
「何かあったのか?」
「申し訳ございません。シエーナ様が、消えました。」
なんだと。
「イェーガーは?」
「パウロと、我が手のモノと共にシエーナ様を捜索しております。城郭の外には出ていない、と思うのですが。」
「攫われたのか?」
「わかりません。忽然と消えたとしか。」
「魔法、か。」
「魔力感知には、引っかからなかったのですが。」
わからない。
魔力感知系の技術と、魔力隠匿系の技術は、常にその発展を争ってきた。
うちの忍び達には、それぞれの技に加えて、必要なだけの魔道具を与えてある。
早々見逃す事はない筈だが、相手がうちのやり方を特定して、その対策を取っていれば、まるで掻き消えたように、シエーナを攫う事が出来るかも知れない。
シュナ達の目を掻い潜って、シエーナを攫うほどに肉薄するよりは、まだ成功率が高いだろう。
なんにせよ、俺に出来る事はない。
大人しく飯でも食っとけ。
と言う雰囲気である。
まぁ、無理だが。
「俺も行く。バックス達に知らせは飛ばしたな?」
「遺漏なく。」
「パウロ達を、俺に合流させるな。慌てて俺一人で捜索しているように見せかける。多分、攫ってくれるだろう。」
「まさか、殿を囮になど。」
「次は見逃すなよ。」
「しかし」
「俺の剣を、持って来い。宿の部屋にある。斬り合いになったら、頼むぞ。そうはならないだろうが。」
この城郭に寄る前に、襲ってきた賊徒。
多分だが、あの一派だろう。
あれ程の人数が、強奪などで生きていけるほど、うちの領地は豊かではない。
事の黒幕が、どこかにいる筈だが、こちらは心当たりが多過ぎる。
まぁ、本命はあの豚公爵だが。
なんにせよ、迂闊だった。
あの襲撃から、相手の読める事は読んでいたが、身内の事まで気が回らなかった。
この辺りは、シュナの手の者が手薄なのだろう。
きっと、裏の闘争で捌ききれなかったに違いない。
パウロ達は、それをわかって俺達から離れようとしなかったが、俺とシエーナが別行動をとると、手が足りない。
もう少し、護衛を連れて来るべきだった。
いや、反省は後で良い。
とにかく、シエーナの傍に行かねば。
俺は、彼女に守られてばかりだ。
今は、俺が彼女を守る時だ。