前世の記憶。
襲われた。
強烈な一夜だった。
絞り取られる、とは、よく言ったものだ。
前世で言う、ラノベやエロ本なんかで、よく見かけた台詞だったが、体感してみると恐怖すら湧き上がる。
とにかく、終わりがない。
シエーナは、達したと思ったらすぐに復活し、求めて来る
酔いも手伝ってか、かつてないほど欲望を解放させていて、手がつけられない状態だった。
いや、手はつけたんだけども。
この一月ちょっとの間、四六時中、誰かが傍にいたから、互いに発散できるとこなかったしな。
多分、護衛達も適当に発散してくるだろう。
娼館はなくても、春を売る女はどこの町にもいる。
まぁ、そんなこんなで、俺は宿で絶賛引きこもり中である。
元々、前世で休みの日はダラダラと過ごすのが好きだった事を、思い出したのだ。
昼間に一人きり、と言うのは、本当に久しぶりだ。
廊下にパウロがいる筈だが、呼ばない限り部屋に入って来る事はない。
シエーナはイェーガーを連れて、お買い物に出ている。
御者の二人はともかく、護衛の三人はかなり腕が立つ。
一人でも、そこらのチンピラなど相手にならないだろう。
バックス達には、休みを出した。
旅に必要なモノの調達や、馬車の補修などは、昨日までに済ませている。
交代で休みを取らせねば、彼らも保たない。
久しぶりに、自分で淹れた茶を飲みながら、本を読んでいた。
この世界の製本技術は、まだまだ未熟で全てのページが手書きである。
紙も、前世では当たり前だった白く薄いモノではないし、紙そのものの種類も限られている。
違和感がなくなって、どれほど経つだろう。
あの頃は、携帯電話の電池やタバコが無くなると、落ち着かなくなった。
テレビとパソコンがあれば、自分の国で、地域で何が起こっているか、数分である程度の事がわかった。
部屋を出れば、すぐに自動販売機があって、冷えた飲み物が手に入った。
本屋には何百冊と本があったし、多分コンビニでも百冊ぐらいはあっただろう。
色々なモノが、溢れていたな。
こちらにいると、溢れている、と言う事がハッキリとわかる。
良し悪しは別として、豊かではあった。
なんせ日本の何処かで、誰かが飢死なんてしようものなら、数日はニュースで取り上げられていたのだ。
あの頃の自分は、もういない。
踏切の中で、死んだ。
時折、夢を見るように思い出すだけだ。
「アルマンド様、そろそろ昼飯行きませんか。」
ノックの後、パウロが声をかけてきて、俺は視線を上げた。
読んでいたのは、古い英雄の叙述詩だったが、まるで頭に入っていない。
窓を見ると、真っ青な空が遠くに見える。
「もうそんな時間か。開けてくれ。」
冷め切った茶を啜る。
美味くはない。
自分で淹れると、こんなものだ。
正直、それほど食欲はない。
「すいませんね。俺一人で勝手に行く訳にもいかないんで。」
赤髪が映える、やや彫りの深いイケメンが、苦笑している。
苦笑していても、イケメンはイケメンだ。
俺がやると、冷笑に見えるそうだが。
パウロは幾つか歳上だが、見た目の歳は、俺とそう変わらない。
俺と違って、性質が明るいからな。
いつまでも若々しく見えるタイプなのだろう。
イケメンだし。
くそう。
「どうする?なんなら、此処に運ばせても良いが。」
「食べに出ましょう。外の空気吸わせてください。」
元冒険者とあって、バリバリのアウトドア派だな。
正直、外に出るのは億劫だ。
別に、この宿の飯は不味くないし。
「なら、シエーナ達を探そうか。多分、まだ市場の方にいるだろう。四人で食おう。」
とは言え、我儘ばかり言っても仕方ない。
この旅自体が、とんでもない我儘なのだ。
俺が気を遣わないよう、気安く声をかけてくれる家臣に、外に出るのが億劫だとは言えない。
「先に店を決めときましょう。探しには俺が行きますんで、店で待っといて下さい。」
頷き、本を閉じ、外套を取った。
地味な色合いだが、上等なモノだ。
何より、うちの領地で作られた外套である。
外はまだ肌寒いが、一月もすれば春だ。
領地の野菜は、何が獲れただろう。
きっと、去年よりは種類が増えている。
そう思うと、少しだが、食欲が出てきた。