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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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幕間 トロンテス

誰も彼もが勝手な事を言う。


トロンテスは、暗くなったマルガンダを一人でぶらつきながら、新しくできた酒場を探していた。


キートスから、肉の供給を増やすから、と家畜の増産を急げと言う命令が来た。

まだ月の半ばだと言うのに、今月に入って四度目である。


ダルトンは、荷馬車に使う粘り強い馬を二百頭融通してくれと訪ねて来た。

二百頭も出したら、せっかく出来た牧から、馬がいなくなってしまう。


騎士団のマンシュタインからは、調教が終わった馬を二千頭、ファーブルも似たような事を言って来ている。

親子揃って無茶しか言わない。


サルムートは、農耕に使う牛を余った分だけよこせと言う。

どこを見ても開墾ばかりしているこの領地で、余りなどあるものか。


どれも突っぱねてやりたいが、彼らも辛い所に立っているのはよくわかる。

アルマンドが旅に出て、もう二月が経つ。

皆が懸命だった。

いや、それまでも懸命だったが、家臣一同、それこそ寝食を削って猛進しているのだ。

なんとかしてやりたい、と言う気持ちはある。


だが、いくらか増やしたものの、未だ牧場の数がまったく足りない。


牧場は、草が生えている土地があれば良い、と言うわけでは無い。

清潔な水が流れる川が近くにあるか、豊富な水源が必要だし、家畜を収容する建物、秣を作り保管する倉庫、牧場で働く者の住居も必要だ。

飼う動物に精通した人間は必要不可欠だが、他にも世話をする道具や馬具を作る職人、出産や病の事を考えると獣医も常駐させたい。


適切な場所の選定や、必要な人材を揃え、まとまった数の家畜を用意するのは、とにかく手間がかかるのだ。

鶏ならまだしも、他の動物は大抵年に一度、番い一組に一頭しか仔は産まれない。


だから、領内の牧場は中々増えないし、増やせない。


それでも需要だけは、はっきりとわかるほど膨らんでいく。

様々な部署からの要請が、それを嫌でも理解させてくれる。


「トロンテスじゃないか。」


顔をあげた。

いつの間にか、俯きながら歩いていたらしい。


「あぁ、キートス殿。」


自分でも、はっきりとわかるほどに無愛想な声だ。

別に嫌われてもかまわない、と何処か投げやりな気分でもある。


キートスはここの所、かなり血色が良くなった。

仕事の量は増える一方だが、新しく入ったメイドが何やら女房のように甲斐甲斐しく世話を焼くので、健康面は万全そのもの、と噂で聞いた。

以前は二昼夜も眠らず食わずで役所に篭っていたのが、役所に来れば必ず飯を食わされ、暗くなる頃には掃除の邪魔だと役所を追い出されるそうだ。


今、家臣の皆で、キートスがいつそのメイドとくっつくのか、賭けをしている。

自分は半年に銀貨二枚賭けている。

ダルトンは三ヶ月、ポレスは一年二ヶ月、サラは一年、アルフレッドは二年だ。

マンシュタインやフィリップもそれぞれ賭けたらしい。

オーガスタは胴元である。


くっつかない、という事に賭けた者はいない。


今はダルトンがあれやこれやと工作している筈だ。


「随分疲れた顔をしてるな。どうした。」


誰のおかげだと思ってるんだ、と喉まで出掛かった言葉を飲み込み、ただ苦笑して見せた。


「ん、飲みに行くか。奢るよ。そこで、話しを聞こう。」


何かを察したのだろうか。

この男には珍しい。

いや、飲みに行く暇など欠片もなかっただけかもしれないが。


「ありがとうございます。」


言って、軽く頭を下げた。

給金を使う間もない生活で、金は貯まる一方だし、別段困ってはいないが、気持ちは素直に嬉しい。


「なに、普段無理ばかり言ってるからな。」


わかって言ってたんですか。勘弁して下さい。ホント。


「どこも似たようなもんでしょ。楽がしたけりゃ、他所行きますよ。」


酒場に再び歩を進め、肩を並べた。

元々、庶民の出だ。

他所で今のような立場を任されるとは思えないが、そちらの方が楽なのが今はよくわかる。


「まったくだ。皆よくやる。」


あなたが一番よくやってると思います。むしろ、いつ倒れても不思議じゃなかったですよ。本当にありがとうございました。


「そりゃまぁ、アルマンド様の家臣ですからね。」


「ほう。」


キートスの、細い目が光ったような気がした。


「どういう意味だ?」


「どう言ったら良いんでしょうね。忠誠心とか、そんなんじゃないんですが。」


「ふむ。」


「俺やサルムートは、姓も持ってない平民なんですよ。多分、パウロとかマンシュタイン殿は、違う所でアルマンド様を慕ってるんです。」


「違うのか?」


「違いますね。無礼を承知で言わせてもらうと、好きなんですよ。他の貴族様と違って、なよなよしたトコが人間って感じがするじゃないですか。」


言うと、複雑な顔を、キートスはした。

キートスは、確か商人の出だった筈だ。

それも、豪商と言うやつだ。

ほとんど、貴族と変わらない。

泥水をすする気持ちも、黴びたパンの有難さも、そこに差し伸べられる手の感動も、この男は知らない。

自分にとって、それがわかる者こそ、親しめる人間だ。

キートスの事は、上司として尊敬はしているし、最低限の敬意も払うべき人だと思っているが、別にキートスの為に今の仕事をしようと思った訳ではない。


「内緒にしといて下さいよ。フィリップさんには。あと、この後に言う愚痴もね。」


酒場が見えて来た。

オーガスタが是非に、と建てた酒場で、中々繁盛している。

歌と踊りと安酒を提供する、民の為の酒場だ。


何の解決にもならないだろうが、今夜は飲もう。

なんせ、キートスに奢らせるのだ。

酔った勢いで、日頃の愚痴を吐き出せば、きっとすっきりする。


各方面からの要請の事など、既に頭から吹き飛んでいた。

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