お金持ちになったよ。
俺はそのまま泣き続けた。
良い年して人前で泣くのは、ちょいと恥ずかしかったが、どうにもならない。
精神年齢48歳なんだぜ。俺。
一頻り泣いた後、フィリップの15年間を尋ねてみた。
元々、フィリップはエンリッヒ家の家宰筆頭候補だったらしい。
ロスチャイルド男爵家の九男、それも脇腹の生まれだったフィリップは、親父に気に入られてエンリッヒ家の使用人からキャリアをスタート、文章と計算に優れた才能を発揮し、人を見る目も確かで記憶力抜群、内政家だった親父からは領地の事務官として、ゆくゆくは家宰としてかなり期待されていたそうな。
「手紙に書いてあったぐらいだからな。相当なもんだ。」
とは、一緒に聞いているオーガスタの言だ。
そんだけ信頼されてた分、周りからはそれなりに嫉妬もされたようだ。
裏切った家宰もそんな人間の一人で、家宰の地位を追われると疑心暗鬼になり、俺の教育係兼世話係筆頭として親父に推挙。
将来的に俺の家宰として、とかなんとか言って親父を説得したそうだ。
フィリップは御家の為と、俺の教育と世話に情熱を燃やした。
あの武芸と魔法の先生方は、王国でもかなり有名だそうで、月謝も国内で指折りの高さを誇るそうだ。
そんな先生方に、是非にと懇願し、親父にも頼み込んで俺につけてくれたらしい。
家宰筆頭候補を俺に付けたり、そんな先生を雇うあたり、親父は俺に随分甘い、いや期待してたんだな。
「それはもう、忙しくしてらっしゃった旦那様が、屋敷に戻る度にアルマンド様の為に土産話を用意したり、出来るだけお話しする時間をとったり、果ては政務の合間を縫って夫人候補を探したりと、それはそれはアルマンド様を大事にしてらっしゃいました。」
うそん。
俺の前ではムスーっとしてたやん。威圧感ビンビンやったやん。
「なんでも、アルマンド様には威厳のある背中を見せたかったとか。家中の者は笑いを堪えるのに大変でありました。普段は気さくで、お優しい方でしたよ。」
「肖像画まで送ってきたからな。お父上は倹約家であられたが、アルマンド殿の為なら金を惜しむ事はなかったよ。」
二人共、懐かしそうに目を細めた。
フィリップは、また泣きそうになっている。
俺だって泣きそうだよ。
今回は、我慢するけど。
と言うか、初っ端から話しがズレてるよな。
フィリップの15年は実に苦渋に満ちていた。
他の貴族からの仕官の誘いを全て断り、残った数名の家臣をまとめて山中に隠棲したのだが、小屋を立てるところから始め、畑をつくり、獣を狩り、生活を軌道に乗せた後、王宮にエンリッヒ家の名誉回復の嘆願書を送り続けた。
俺の居場所は把握していたそうだが、下手に接触すれば再度反逆の疑いありとされて、エンリッヒの血筋が絶えるかも知れない、と一切の接触をしなかったそうだ。
この世界の紙は安くない。
王宮に送っても無礼にならない上質の紙はかなり値が張る。
貴族でもホイホイ使えない代物だ。
それを15年も送り続けたフィリップ達の苦労は並大抵ではないだろう。
「金策には苦労しましたが、おかげで市井にはある程度顔がきくようになりました。エンリッヒ男爵家が正式に再興できましたら、この老骨でも多少のお役には立つかと。」
「あぁ、これからも、また頼む。」
俺が言うと、フィリップは深々と頭を下げた。
金策で思い出したが、俺は無一文の素寒貧である。
ここは、オーガスタに多少借りるべきか。
「金の心配なら、しばらくは大丈夫だ。男爵に支払われる国の給付金が15年分、お父上の処刑を主導した公爵家から、アルマンド殿に対する慰謝料として白金貨五万枚。全て一括で手に入る。」
へ?
白金貨と言えば、1枚で前世で言う一千万円である。
ちなみに、銅貨一枚で百円、銅貨が百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚である。
男爵の給付金は一年で白金貨10枚、一億円。
公爵家からは五千億円相当の白金貨と王宮から十五億円相当の白金貨、しめて五千十五億円が俺の総資産である。
しばらく、なんてもんじゃない。一生安泰じゃないか。
「気を抜くと、すぐに奴隷に逆戻りだぞ。アルマンド殿の場合、家臣を集め、屋敷を立て、兵士や使用人を雇い、と一から始めねばならん。おまけに貴族の生活はとにかく金がかかる。白金貨五万枚なんて、あっと言う間に飛んでいくさ。」
後で聞いた話だが、この白金貨はオーガスタ神が王宮と交渉してもぎ取ってくれたそうな。
神の慈悲の有難さが、よくわかる話しである。
「財貨の管理などはお任せを。二度とアルマンド様を奴隷になどいたしませんとも。」
フィリップが胸を張る。
子供の頃に思い描いた貴族生活とは違うようだが、奴隷より断然マシだ。
それに、しばらくは忙しいだろうが、領地経営が軌道に乗れば、フィリップに丸投げしても良い。
これだけ忠義に篤く、能力もあるんなら、なんとかなるだろ。
俺は、この時、まだまだ貴族と言うモノをナメていた。