幕間 とある村長と傭兵
前話、加筆してます。
小高い丘の上で、アルマンド達を見送った。
「行ったな。」
隣に立つ、セロスが呟いた。
元はエンリッヒ家に仕える従士だった彼は、フォレスタの死後、かつての部下を傭兵としてかき集め、養っていた。
今は、その部下の一部と共に、この村で農耕や狩りをして生計を立てている。
領地の一部を預かる代官でありながら、奴隷に落とされた自分と比べれば、立派なものだ。
「きっと、立ち直られる。」
今は亡き主君、フォレスタの面影があった。
眼は母親似だが、鼻筋などはそっくりだ。
対面した時、こみ上げる涙を抑える事ができなかった。
かつて自分が見捨て、成長する事なく果てるだろうと思っていた主君の子が、今や侯爵である。
失ったと思っていた月日は、何かを確実に育んでいた。
思えば、このサンヴィヴァンの長を務めるようになって、もう二年が経つのだ。
フィリップから、是非にとエンリッヒ家への仕官を何度も誘われたが、とてもそんな気にはなれない。
フォレスタに殉じる事も出来ず、アルマンドを救う事も出来ず、奴隷にまで身を落とし、無様に年老いても、生にしがみついてきた自分に、その資格はない。
恥に塗れた身だ。
彼らの夢は、自分には美し過ぎた。
「良かったのか。付いて行かなくて。」
セロスが、皮肉な笑みを浮かべて言った。
「良い。私には、この村がある。」
アルマンドの旅に、同行したい気持ちがない訳ではないが、汚れた過去と守るべき現在が、それを許さない。
今年、サンヴィヴァンで初めての赤子が生まれるのだ。
身籠った娘から、名付け親になって欲しいと頼まれていた。
言われた時に、思わず口元が緩んだ事を、よく覚えている。
「お前こそ、良かったのか。セロス。」
「何が?」
「フォレスタ様の息子だぞ。」
セロスは、当時アルマンドの母の警護を担当していた。
自害して果てた彼女を、ラフィット家に運ぶ途中、王国騎士に襲われ逃亡した後、名と身分を偽って傭兵団を組織した。
心に期すモノがあったのは、間違いない。
「カミラ様の、息子だ。」
笑みが消え、何処か索漠とした無表情でセロスは、地平に顔を向ける。
「おい、お前。」
「言うな。あの二人が死んだ時、いや、あの二人の息子が生きていると知った時、俺は死んだ。ここにいるのは、抜け殻みたいなもんさ。」
抜け殻、か。
自分には、これから生まれる命、と言う希望がある。
セロスには、何もないのだろう。
確か、四十を幾つか越えている筈だが、未だ独身で女の気配は微塵もない。
セロスの視線を追うように、地平に眼をやった。
アルマンド達の姿は、もう見えはしない。